239 星暦553年 紺の月 26日 幽霊屋敷?(2)
その亡くなった魔術師(メルタル師という名前だったらしい)の屋敷はちょっと不思議な作りだった。
魔術学院に近く、それなりに良いところにある敷地で、敷地そのものはそれなりに大きいのだが・・・何故か同じような大きさの屋敷(というか家でもいいかな?屋敷としてはかなりこじんまりしている)が2つあった。
「なにこれ?
何で2つ建物があるんだ?離れにしてはサイズが大きいようだが」
門を通って中に入り、構造を見た俺はアンディに振り返って尋ねた。
「右側の家がメルタル師の家だったんだよ。
最初は弟子達が通いで来ていたらしいんだが、そのうち遠方の農家の子供や孤児の子供も才能があったら教えるようになってね、その為に隣の家を買い取って敷地を合わせたんだって」
敷地を大きくしたのに屋敷を大きくするのでは無く、単に敷地間の壁を取り払い、隣家の家はそのまま弟子達の住まいにしたのか。
・・・あれ?
「子供を弟子として取ったって・・・魔術の才能がある人間は魔術学院へ通うんじゃないのか?」
「魔術学院も昔からあったが、以前は魔術師の親族や貴族で偶々魔力があった子供が通っていただけらしい。
だからそれなりの財力がある家の子供以外は魔術は学ばず、一生魔術を知らないで過ごすが・・・魔力を暴走させて死んだそうだ。
それを憂いて貧しい子供でも見かけたら弟子として引き取って教え始めたのがメルタル師だったのさ。
その弟子達が大人になって第一線級の魔術として働くようになって、貧しいからと言って魔力がある子供を捨て置くのは勿体ないし危険だと意見が出てきて奨学金制度が出来て今の魔術学院へ変わってきたらしいぜ」
へぇぇ。
つまり、財力がある家の人間の方が優れている訳ではないと言うことをこの屋敷の爺さんが証明した訳か。
間接的には今の俺の境遇をお膳立てしてくれた人と言う訳だな。
別に元々手を抜く気は無かったが、感謝の念も込めて真面目に頑張って対応しようじゃ無いか。
しっかし、そんな変化を生み出した人が比較的最近に亡くなったなんて。
俺が数十年早く生まれていたら魔術師になれて無かったかもしれないんだな。
ありがとな、メルタル師。
「で、ちなみに幽霊が出ると言われているのはどっち?」
「こっち」
右側の家へ向かいながらアンディが答える。
「メルタル師が一人で住んでいた家だ。メイドが通いで来て掃除や食事の準備はしていたらしいが、基本的に奥さんが亡くなってからずっと一人で住んでいたらしい」
もしかして、奥さんの幽霊だとか?
でもだとしてもメルタル師が気が付かなかったというのは不思議だし、メイドが騒がなかったのもおかしいか。
つうか、古い家だからギシギシ木が歪んで音を立ててるだけなんじゃないんかね?
相続した親族とやらからアンディが受け取った鍵で中に入ってみた。
「居心地の良さそうな家だな」
古いものの、家具はそれなりに丁寧に使われ、磨かれていた。
装飾品や絨毯も居心地の良さや気に入ったか否かをポイントにして揃えたのか、なんとはなしに選んだ人の個性が感じられる。
どれもそれなりに古そうだが。
というか、長老と言われるような偉い魔術師が使うにしてはちょっと安物?
いや、安物というか、高級品ではないと言うか。
それこそ、ハートネット学院長の家と比べると、明らかにランクが下がっている。
別に学院長だってそれ程派手な高級品を揃えている訳では無いが。
どれも丁寧に固定化の術をかけてあるようなので傷んでいないが、外の庭の手入れに掛けてある費用とかを考えると多少違和感がある。
「で、どこら辺で幽霊が出るって?」
適当に家の中を歩いて回ってからアンディに尋ねた。
全く何の揺らめきも魔力の凝りも感じられない。
「特に決まりは無いらしい。
家を売りに出す前に中の物を整理しようと来て色々見ていたら何かを感じるのだが、特にどの部屋とかどの時間帯という規則性はないと」
本当にいるんかね?
何も変なものは感じられないぞ?
「それなりの頻度で出てくるのか?
全然見かけないが。何日も通い詰めないと遭遇できないんじゃあ効率が悪いぞ」
アンディが肩を竦めた。
「こっちだってそれ程詳しくは聞いていないんだ。
先に担当になった先輩の話ではその親族に案内されてここを何度か見て回ったが何も無かったらしいし」
「・・・もしも魔術師がいると出てこないとかいう『幽霊』だったら、一生俺たちじゃあ解決できないぜ?」
アンディがため息をつきながら周りを見回した。
「取り敢えず、俺たちもその親族に話を聞きに行こうか」
次は19日に更新します。