236 星暦553年 紺の月 4日 船探し(19)
「え、5人がかりでも動かなかったんですか?」
ケーキを食べながらシャルロの目が驚きで大きく見開かれた。
「ええ。ヴァナールが現時点でダッチャス魔術院支局にいる魔術師を全員雇って連れて行ったのですが、海面まで持ち上げる前に魔力が尽きてしまったそうです」
フェルダン氏が頷く。
へぇぇ。
まあ、大きな船だったからな。
しかも客室とか客の持ち込んだ家具や服ではなく、重い鉱石や金属製品などがぎっしり貨物室に入っているらしいから、ずっしり重いのだろう。
それだけ重い物だったら船から中身だけ取り出すとしても大変だろうから、労力に対する費用効果もあまり良くないんだろうな。
「じゃあ、僕が・・・」「シャルロが精霊の加護持ちなのは、もうご存じですよね?」
お人好しなシャルロが自分が行くと言い出す前に、アレクが言葉を遮った。
そうだよねぇ。
まあ、知り合い料金で良いとは言え、探すのに俺たちに払っていた料金で他の人間には出来ない作業までやるなんて話が流れるのは駄目だ。
『知り合い経由』で頼めば精霊の加護持ちの魔術師が普通の若い魔術師の日当で雇えるなんて話が広まったりしたら大変なことになるだろう。
まあ、侯爵の息子であるシャルロに変なことを言ってくる人間は少ないかも知れないが・・・それこそオレファーニ侯爵の知り合いの貴族達が自分たちの領地での灌水作業やその他水に関連する作業を「ダルム商会のためにはこの値段でやったと聞いてるが?」とでも言い出して『お願い』してきたら困る。
王都に帰ってくる際にちょっと話し合ったのだが、今回は俺も精霊の加護を持っている事実は言わないことにした。
まあ、ヴァナールは何かあると思っているかもしれないが。
でも、少なくとも彼の前で直接清早に話しかけたりはしていないので、人並み外れて水に関する魔術に優れていると思っているかも知れないが、精霊のことは気付いていないはず。
シャルロでさえ、変な前例を作ったら大変なことになるかも知れないのだ。
俺まで精霊の加護があるなんて事が広まったら、どうなることやら。
まあ、俺の場合はしがらみが殆ど無い。だからいざとなればアファル王国を捨てて何処か違う国へ移住して新しく生活を始めるという手もあるが、流石にそれは出来ることならば避けたい。
今まで出来てきた友人や、コネを全部切って捨てるのは、ちょっとねぇ・・・。
そこまでいく前に魔術学院長や盗賊・ギルドの長に泣きついたら何とかして貰えるかも知れないが、やはり人に借りを作らなければいけない状況を作り出さないのが一番だ。
と言うことで、今回はシャルロに目立って貰うことになっている。
魔術院のお偉いさんだって多分魔術学院経由で俺が精霊の加護を得ていることを知っていると思うから、外部からの理不尽な圧力への対応に手伝ってくれるかも知れないが、どうせシャルロに蒼流が加護を与えていることは貴族社会でもそれなりに知られている話なのだ。
立場も有り、既に情報も流れちゃっているシャルロに任せて良いと、シャルロも言ってくれたし。
とは言え。
ある程度、注意しなきゃねと話し合っていたのに、ケーキに気を取られたのか、五人の魔術師を使っても海上へ運び出すことすら出来なかったことに驚いたのか。
素で「やっても良いよ」と言いそうになっているところがこいつらしい。
「やはり、そうですか。以前聞いたことがあったとは思っていましたが。
保険協会に聞いてみたところ、水の精霊の加護を持つ魔術師に対する報酬相場というのは状況が稀すぎて実質存在しないと言われました。
幾ら出せば、良いでしょうか?」
フェルダン氏が真摯な態度でシャルロとアレクを見つめる。
う~ん、やっぱり俺ってこういう場面で存在感がないよなぁ。
外から見ると、
アレクがビジネスを理解している人間、
シャルロが精霊の加護があって魔力がある人間。
俺って何だと思われているんだろう???
ある意味、知りたくないかも知れない。
まあ、聞かれたら心眼がずば抜けて優れていることで捜査や魔術回路の解析に役に立っているとでも言えば良いかな?
実際の所、アレクのビジネスセンスはまだしも、シャルロの蒼流との繋がり(俺の清早との関係もだが)って俺たちの仕事にはあまり関係ないもんな。
「ダルム商会が大変苦しい状況にあると言うことは知っています。
ですから、シャルロがダッチャスへ行って船を引揚げ、帰ってくるのにかかる2日分を私たちに払っていた日当を彼に払うことでも良いと彼は言っています。
ただし、この話が外に広がっては困るので、例え貴方の部下や家族から聞かれた場合でも、ダルム商会がつぶれないだけのギリギリの金額を払い、更にこれから5年ほど分割払いで同額を払うことになったと言って下さい」
シャルロは日当分で良いと言っていたのだが、アレクが更にそれに条件を付け加えていた。
すげぇ。
今、つぶれるギリギリの金額と、更にそれをこれから同額を5回受け取るって一体どれだけ精霊の加護持ちって高くつくんだ??
フェルダン氏が呆気にとられたような顔をした。
セビウス氏も驚いてるぜ、おい。
「日当分で良いって・・・。
本当に良いのですか?」
おっと、そっちに驚いたのか。
「まあ、お金が欲しかったらそれこそもっと加護を使って商売したり、魔術院からどんどん依頼を受けていますから。
ただ、他の人からひっきりなしに頼み事されるのは本当に嫌なので、気をつけて下さいね?
僕が嫌な思いをしたら、僕の精霊がダルム商会の船に八つ当たりするかも知れないですよ」
シャルロがにっこり笑いながら脅した。
蒼流の八つ当たり。
怖すぎるぜ・・・。
「シャルロ君に支払ったことになっている金額は裏帳簿にでも付けて、商会の非常事態用資金とでもして分けておくんだな。
払ったはずのお金がそのまま商会に残っていたせいでばれてしまっては、お前も困るだろう?
水の精霊に嫌われた海運業の商会なんて、間違いなく破綻するぞ」
セビウス氏が笑いながら注意していた。
「分かった。今すぐには資金を手配できないが、10日以内に全てを手配して、金額も連絡する」
カクカクと頷きながらフェルダン氏が言った。
ま、一段落付いたと言うところかな?
これでカラフォラ号にあった魔道具の研究に専念できるぞ!
もうすぐこの話も終わりですね。
次は10日に更新します。