023 星暦549年 黄の月 16日 遠くへ足で・・・?
まさか魔術師になる為に遠足なるものをしなければいけないとは思わなかった・・・。
「なんだってこんな山の中を行かなきゃいけないんだ?!?!?」
人が2人並んだら一杯になってしまうような歩道に伸びてきた枝をかき分けながら、思わず叫ぶ。
どこかで鳥が羽ばたいて離れていく音がした。
人間以外の生物が全部声に驚いて逃げてくれるなら、もっともっと大声がでるぞ!
「山だなんて。単なる丘じゃない。
第一、ローラン先生の説明を聞いていなかったの?
今回の遠足は精霊の加護の厚いところに来て、術の効果の違いを実感する為だって」
のほほんとシャルロが説明してくれた。
なんだって貴族の息子のくせに、こいつは俺よりも元気に山を歩いているんだ!
畜生、俺は都会の申し子なんだ。
屋根も壁もない森なんて、大っ嫌いだ!
鳥やら虫やらその他得体の知れない小動物がカサカサ動き回っているし!
小さくない、牛とか羊とかヤギも口をモグモグさせながら森の外に立っていたし。
「僕の実家の裏の山には良く冒険に行っていたからね~。
久しぶりに精霊の息吹が感じられる場所に来て、嬉しいや」
幸せそうに周りを見回しながらシャルロが足を進める。
そっか。
こいつは実は田舎者だったのか。
このカサカサ・ゴソゴソ・バサバサの異世界を嫌がる俺の気持ちを共感してくれる仲間はいないのか?!
「ほらそこ!あまり大きな声をだして森を乱すんじゃない。精霊に嫌な思いをさせてしまっては折角ここまで来ている意味がないだろうが」
後ろからローラン教師が注意をしてきた。
森の神マカナを祀るマカナタ神殿があるこの森は、確かに他の場所と空気が違う感じがする。
自然と言うか。
澄んでいるというか。
生気が煌めいているというか。
『聖地』と言ってもいいのかもしれない。
その為か、確かに精霊が多い。
ふらふら風に乗っていたり、のんびり木の上で空を見つめていたり、俺たちを興味深く眺めていたり。
はっきり言って、俺の大声なんて気にしていないぞ。
と言うか、笑っている雰囲気の方が多い気がする。
シャルロの保護者モドキ精霊のようにはっきり実体化していないから確信は持てないが、あの揺れ具合と色は絶対に面白がっている。
「精霊が多くいる所では精霊の力を借りるタイプの元素系魔術の威力が大きくなり易いなんて、授業で教われば十分じゃないか。何だってこんな遠く迄出て来なければならないんだ!」
「授業で習っていても経験した事が無ければ実感出来ないだろ?しかもあれって個人差が有るらしいし。
第一遠くって言ったって転移門を使って来たからまだ王都を出て半日も経ってないじゃない。
ウィルがこんなに都市の外を嫌うなんて意外だったよ」
「ウィルも私も、文明から離れるのが嫌な文化人なのさ。
将来、田舎へ出て行かなければならない任務がきたら、代わってくれよな」
アレクが俺の肩につかまりながらシャルロへ頼み込んだ。
室内派のこいつもこの遠足を楽しんでいない仲間の一人だ。
そうだ、精霊のお気に入りで森に来られて幸せだなんて言っているシャルロは放置して、アレクと話せばよかったんだ。
少なくとも、森を楽しめなくって脱落者のような気分にならないですむ。
しっかし。
建物が無い森の中を歩くのがこれ程不安を誘うモノだとは想像外だった。
今晩は神殿の外でキャンプをはり、明日の日の出と共に幾つかの術を試すと言う話だが・・・。
こんな調子で俺はちゃんと眠れるのかね。
将来、非常時に軍と任務につく様な事になった時に困らない様に、遠足のついでにキャンプも体験させるつもりらしい。
禁呪問題の時に作った、魔術院の長老たちへの貸しを利用してでも、俺は絶対にこんな田舎で仕事するのは拒否するぞ!
だからキャンプの体験なんて・・・迷惑だ。