220 星暦553年 紫の月 21日 船探し(3)
「あの日は夜からもの凄い風だった。
夜半過ぎから突風が吹き、波も高くなってきて夜が明けたころには3階建ての館ほどもの高さのある波にもまれて、我々は必死に波に潰されないように風に乗っていた」
沈没した船から投げ出されて無事海岸にたどり着いた船員は、ゆっくり水を飲みながら息をついた。
今日は、ダルム商会であの船の船員と、あの船には乗っていなかったが商会で働くベテラン航海士から話を聞いている。
「風に乗る?」
アレクが首をかしげながら聞き返す。
「風だけが強いなら、マストの帆をたたんで凌ぐんだが、風が強いとそのうち波も強くなってくる。
建物よりも大きな波から落ちてみろ。
船はガタガタになるし、滑り落ちて横倒しになったところに上から波を被ったらどれほど頑丈な船でも沈んじまう」
なるほど。
以前海に行った際に見た、膝まで程度の波が家よりも大きくなるなんて想像も出来ないが・・・まあ、そういうことも起きるんだろう。
だからこそ、船も沈むんだろうし。
「魔術師のゼンダルムさんはベテランだからな。
マストに力が掛りすぎないよう、上手いこと波にのまれないレベルまで風を弱めていたが、嵐が長く続きすぎた。
あれだけ大きな船をあの波の速度に合わせて動かすためにはそれなりに風を受けなきゃ波に埋もれちまう。
とうとう、マストが折れた。
それからはあっという間だったな」
ため息をつきながら船員が続けた。
「マストが折れて、船が波にのまれたのか?」
アレクが確認する。
「メインマストが折れて、波に追いつかれた。
船が横倒しになって波から落ちた後に上から波に飲まれたんだが、横倒しになった際に俺は投げ出されたんだ。
船が沈む時はその質量に巻き込まれて下に向けて強力な水流が発生するんだ。多分船に乗っていた人間は殆どそれから抜け出せなかったと思う。
俺は、幸いにも遠くに投げ出されたから必死で離れて、船から来たのかどっから来たのか知らんが木片があったからそれにしがみついて嵐を耐えていたら・・・いつの間にか気を失ったんだろうな。
目覚めたら海岸に流れ着いていた」
「つまり、船から投げ出されてから海岸に着くのにかかった時間は分からない?」
面倒だな。
海流に流された時間なり、泳いだ時間なりが分かればたどり着いた地点から船の沈没した場所もそれなりに逆算出来るが、気を失っていたのでは時間が分からない。
「目覚めた時はまだ日が暮れていなかったから、半日以上は流されていないと思う」
「もう一人海岸に流れ着いた船員がいるが、そちらは怪我が酷くて意識もまだ朦朧としていて話が出来ません。
もしももっと情報が分かったらそちらに伝えるようにします」
航海士が付け加えた。
「分かりました。
ちなみに、あの近辺の海流がどう流れているのか、半日でどの程度流れるのか、教えて貰えますか?」
机の上に広げてあった海図を示しながらアレクが尋ねる。
「海流は、こちらからこんな形に流れている」
航海士が地図の上で右(東かな?)の方から上へ向けて指で示して見せた。
「この時期の嵐は基本的に北西に吹くので、極端にはこの海流と違いは無いと思います。
だが、距離としては・・・嵐の際には驚くほど流されることもあるんですよね。15日にダンカルタの港を出て、特に凪ぎにもあわなかったとのことだから18日の時点でこの辺ぐらいに来ていたでしょう。
その後はどの位嵐で流されたかなので・・・ここからこのくらいまでは可能性としてありますね」
航海士が指で示した範囲は広かった。
おい。
その海図半分以上ぐらいじゃないか!
そんな範囲を探すなんて、前回と同じ方法では絶対に無理だな。
嵐に関しては想像の世界なので突っ込みしないで下さい・・・。
次の更新は21日の予定です。