205 星歴553年 赤の月3日 疑問(5)
後は代官の隠し家と実際に住んでいる家だ。
まあ、わざわざ隠し家を手配しているのだから、こちらに色々周囲に知られたら都合の悪いものが置かれていると考えて当然だろう。
ということで、市場のそばの人通りの多い地区から一本裏に入った場所にある小さめの部屋を訪れた。
酒や優雅な雰囲気は自分の家と愛人のところで楽しむ主義らしく、殺風景で実用性しか考えていない部屋だ。
ベッドと机しかない。
あと隠し金庫と。
机の引き出しには単に筆記用具がしまってあるだけだった。
「ダミーとして適当な記録帳でも入れておけばいいのに」
これほど何も置いてなければ、隠し場所があると宣伝しているようなものだ。着替え一式しか置いていないこの部屋に誰かが住んでいると考える人間はいないだろう。
だが作業を行ったであろう記録もない。
となれば、隠されているという事実は誰にでも思いつける。
バカっぽいと思っていたが、やはり間違いなくあの代官は阿呆なようだ。
床下の下にあった隠し金庫は一昔前の旧モデルだった。
裏社会の人間だったら見習いでも開けられるようなものだ。
これほどあっさり手に入るなら、裏の顔役が何故もっと早く裏帳簿を領主一族に突き出していなかったのが不思議なぐらいだ。図に乗って手に負えなくなってきたのは比較的最近の展開なのかな?
「後でアレクを連れてきて中身を確認させることにして、取り敢えずは持ち出せないようにしておくか」
こうも出しやすいところに置いてあると、アレクに見せるために持ち出した後に代官がこちらに寄ったら直ぐにばれるかも知れない。
取り敢えず、破棄しようとすると電撃を発して部屋にいた人間全員を気絶させる様に術を掛けておく。
「清早、これにマーカーつけて、どこに持って行かれても分かるようにしてもらえる?」
自分でマーカーを付けても良いのだが、ある程度以上の距離を超えると追いかけるのが大変になる。清早のマーキングの方が長距離で機能できるんだよね。
◆◆◆
「愛人二人がよほど上手に財産を隠しているのでない限り、横領して得た資産は王都の方に隠していると思う。愛人のところにも、隠し家にも目立った資金は見当たらなかった。
裏の顔役の話では10年ほど前からそれなりに横領していて、ここ数年は遠慮なくガンガン懐に入れているはずなのに家にあった美術品や家族の装飾品は大したことなかったし、愛人達に与えられていたのはさらにしょぼかった」
宿に戻ってアレクとシャルロに報告した。
「私が聞いた話でも、10年ほど前から色々修繕や安全措置を削っているという話だ。領主殿がそういった行動を費用削減として行うよう指示しているのでない限り、差額は代官の懐に入ったと考えていいだろう。
しかも最近は領主側から承認を必要とすることに関しては片っ端から袖の下を要求したようだから、かなりの額を蓄えているはずらしい」
荷物を棚などに片づけながらアレクも一日の調査の結果を報告してきた。
シャルロが眉をひそめながらため息をついた。お人好しなこいつにとっては、親戚が騙されたという話も、その代官が悪事を働いているという話も哀しいのだろう。
「スラフォード伯に聞いたら、別に自分たちがいないからって費用削減するようには指示してないって。最近は子供たちも領地にあまり帰ってこないらしくって、この街よりも農村とかを廻るのに集中していて街中では決まったところ以外にあまり足を延ばしてないみたい」
「では、まずシャルロは蒼流に代官をマーキングするよう頼んでくれ。
私は明日、隠れ家の裏帳簿を見て隠し財産の場所がわかるか確認してみる。無理そうだったらシャルロから領主に話をして、代官に何をやっているのか説明しろと命じることであいつが逃げ出すように仕向けて。
逃げたら蒼流が見張っておいて、王都に逃げたらすぐに追いかけよう」
アレクが指示を出す。
「俺が先に王都に行っていようか?
清早にもマーキングして貰っておけば、王都に来たら分かるから目を離さないでおけるし」
スラフォード伯爵領からだと王都にいる人間の行動を知るには蒼流クラスの能力が必要だが、予めマーキングしておけば清早でも代官の行動を逐次追いかけることができる。
・・・というか、どうせ急ぐなら魔術院の転移門を使うのだから、そこで見張っていれば俺だってあの男を見失うことはないだろう。
アレクも同じ事を考えたのか、あっさり頷いた。
「そうだね。明日、裏帳簿を確認したらシャルロが領主殿に話をする前に先にウィルが王都に戻っておけばいいか」