201 星歴553年 藤の月30日 疑問
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「あれ、どこ行くんだ?」
街に着き、シャルロと分かれて宿屋で部屋を取った俺はアレクが荷物を片付け終わって外套を再び取り出すのを見て声を掛けた。
コバムアポスは農業を中心産業とするスラフォード伯爵の領地における小規模な城下町で、あまり見所があるとは言えない。
収穫がある時期ならば商人としてのアレクにとって産地における農業品の価格を見るという意味で得るものがあるかも知れないが、冬になった今となっては行き来する商人の数も限られ、最小限の商業活動しか行われていないだろう。
宿に籠もっていてもすることと言えば新商品の開発か俺と何かゲームをするしか無いのでそのうち退屈して出て行きたくなるだろうとは思うが、何も到着して直ぐに出歩く必要があるとは思えない。
「魔術院に頼まれ事をしていてね。この街に行くと言ったら、今年の当番の代わりにこちらで幾つかの依頼案件を受けてくれないかと提案されたんだ」
アレクならば当番をやらずに年会費を払えば良いように思えるのだが、「人脈を広げる良い機会なのだから、いい年して年会費を払えないのかと言われるようになるまでは続けるつもりだよ」と言っていた。
何処かに足を伸ばす際にまめに魔術院に知らせているのもアレクだ。
移動を知らせておくという名目で何か知っておくべき情報が無いかを前もって集めているらしい。俺も似たようなことを盗賊ギルドでしているから、まあ似たようなものか。
「こちらでの依頼案件をやるのではなく、依頼案件を受けることが当番の代わりになるのか?だったら俺もその話を受けておけば良かったな」
依頼案件を無料でこなすことなら首都でやることと変わりないが、受けるだけで依頼料を受け取れるのに当番の代わりになるならお得だ。
「そう言うと思ってね。君の分も同じ事が出来るという言質を取っておいたよ」
流石に侯爵家の一員であるシャルロは年会費を払っているので関係ないが、俺もこれで今年の当番を終わらせるなら、助かるし時間の節約にもなる。
「お、ありがと。しっかし、なんでそんなことになっているんだ?この街にだって魔術師がいるだろうに」
俺の外套を投げてよこしながらアレクは肩をすくめた。
「ここ数年で代官からの依頼が激減したせいで以前からいた魔術師が引退した後に後を受け継ぐ人間がいなかったらしい。とは言え、たまには家の建て替えとかもあるしちょこちょこ案件があるから毎年王都か近辺の街から魔術師を年に一度派遣しているらしい」
人の出入りが多く、家や店舗の建て直しなどもちょくちょくある王都と違い、コバムアポスではあまり魔術への需要が無いらしい。
王都ではそれなりに気軽に庶民もちょっとした便利なオマケとして魔術を依頼しているのだが、こういう小規模な街ではそういう魔術の使い方もあまり普及していないから魔術師のやる仕事がなく、仕事が無いから魔術師がいなくなり、魔術師がいないから余計魔術に頼らなくなり・・・という循環が生じているらしい。
魔術院としてはあまり完全に魔術師離れをして欲しくないので態々派遣料を払ってまで魔術師をこちらに毎年送り込んでいるそうだ。
魔術院の出先機関代わりの役割を果たしている商業協会へ行く間にアレクが事情を説明してくれた。
「ふうん、この街も以前は公共事業的に魔術を掛けていたみたいだが、最近はやっていないみたいだね。領主の方針が変わったのか、商業協会で金が無くなったのかどっちだろ?」
街の大通りの水はけや固定化、雪どけ用の術などは領主が払うか、そこを多く使う商業協会が払う。この街は古い術の痕跡がかすかに見えるが、もう10年近くかけ直していないのか術として殆ど機能していない。
「何でも今年は早く来いと代官殿の使いが矢のような催促が来ているらしいよ」
「今年だけ、ねぇ。しかも代官のところから。領主の家族が久しぶりにこちらで冬越えするのと何か関係があるのかね?」
盗賊ギルドで聞いた話では、コバムアポスは小さな街ですることも無い上に冬の冷え込みが厳しいので領主一家は例年においては王都で冬の社交シーズンを過ごすらしい。
今年は伯爵家の長男の妻が妊娠してつわりが酷かったので移動せずにこちらに残り、初孫を心待ちしていた伯爵夫妻も残ることにし、結局領主一家全員が領地で冬を過ごすことにしたとのことだ。
だから治安は非常に良いだろうがもしかしたら貴族の親戚が遊びに来ているかも知れないから一応気をつけておいた方が良いだろうと警告されていたのだが・・・。
「まあ、何を依頼されるか楽しみだね」
アレク。
なんかお前の微笑みが微妙に怖いんだけど?
次の更新は5日にします。