020 星暦549年 萌葱の月 5日 突撃?
ヒーローは若死にする人種だ。
でも、アクションってワクワクする・・・かも。
「バスケラー男爵?あの光石鉱山のか?」
へぇぇ。バスケラー家が成功した鉱山って光石を生産していたのか。
光石とは、自然のエネルギーが何らかの形で石に溜まった物だ。
普通の人間でもこれを利用して初歩的な疑似魔術を行うことも可能であり、魔術師が自分の魔力をパワーアップするのに使うこともある。
魔術に非常に密接に関連した特殊な鉱石で、その希少性から金銭だけでは測れない価値がある。
どうりで貴族にまで上り詰めた訳だ。
「何を生産していたのか俺は知りませんが、鉱山で成功したバスケラー男爵家らしいですから、そうでしょうね」
学院長室でお茶を飲んでいた学院長は俺にお茶を勧めながら首をかしげた。
「光石を生産していたからある程度魔術師との交流もあったと思うが・・・。あの家系に魔術の才能があったとは聞いていないぞ」
「しかも直接禁呪の痕跡が追えた訳でもないんです。死体が遺棄された時に使っていたと思われる馬車の痕跡を追ってたどり着いたんで、ちょっと証拠に弱くって」
「どこかで痕跡を混線したのでは無いのだな?」
ふんっと小さく鼻を鳴らす。
見間違い?
俺様が?
ありえないね。
「今まで見たこともないぐらい、強固な防壁膜が敷地全体を覆っているんです。
例え、禁呪に手を出していないにしても何か後ろめたいことをしていなければあそこまで魔力を使うなんてありえないと思いますね。資金が余っているという様子でもなかったし」
まあ、世の中被害妄想に取りつかれて庭の手入れよりも魔術的防御に金をかける人間もいるのかもしれないが。
「確かに怪しいな。だが、禁呪に繋がるある程度の証拠もなしに流石に貴族の敷地に踏み込む訳にもいかんか。残念だが、次の死体を遺棄している現場を捕まえるしかないかな・・・」
「保安部の警備兵と魔術師を待機させておいて、馬車が出てきたら近所で事故を起こすことにしましょう」
にやりと学院長が口を歪めた。
「不幸な事故が起きた時に偶然保安部の警備兵が傍にいて、馬車の乗客に怪我がないか中を覗くという訳か。不審な死体が発見されたら幸運にも傍にいた魔術師が禁呪の恐れがあると指摘して、摘発の為に手伝うと申し出たというところだな」
流石に捨てに行くだけの馬車にまで防壁膜を張らないと期待したい。
もしくはそこまで徹底して防御していて、死体が無かったらバスケラー男爵が単なる被害妄想の人間だと考えた方がいいかもしれない。
「よし。保安部のカロテラン隊長には既に今朝の時点で話を通しておいたからな。何人か直ぐに出せるだろう。魔術師を何人か連れていくぞ」
「・・・今すぐですか?」
早!
学院長が俺を怖いぐらい真剣な目で見つめた。
「禁呪は恐ろしい。下町でも、20年ほど前に禁呪の余波で1ブロックがほぼ全滅したことがある。だからお前の知り合いは折角下町を出たお前に声をかけてまで何とかしようとしているんだろう」
1ブロック?!?!
一体何人死んだんだ・・・。
戸建が並ぶ地域で、1ブロックは通常10件程度の家が建つ。長屋がひしめく下町ならば30世帯ぐらい住んでいても普通だ。
禁呪の威力って話を聞いても想像できない位、底が知れないものがあるようだ。
「行くぞ」
学院長がお茶を飲みほして立ちあがった。
俺が驚きに気を取られている間に、式に何かを書きつけて術をかけたようだった。
鳥の形をした紙が学院長の手を離れ窓から外へ飛んでいく。
「え、学院長が行くんですか??」
「宮廷魔術師の何人かも行くことになっている。こう見えても、若いころは戦場の第一線で戦ってきたんだぞ?」
そんな、暴発したら(暴発ではなく意図的なものだったのかもしれないが)1ブロックを吹っ飛ばすような魔術の現場に学院長程偉い人が行くとは思っていなかった。
地位の高さと危険への距離って比例しているだろう、普通。
だがどうやら、正義感の強さと危険への距離は反比例しているのかも。
入口の脇のクロゼットから特級魔術師のローブが出てきた。
・・・この人って特級魔術師だったんだ。
それなりに魔術師としてレベルが高くなければダメだろうが、学院長としての能力と魔術師としての能力は必ずしも一致しない。
というか、特級魔術師なんてどっか突き抜けていて日常生活できないような研究バカか戦闘バカかと思っていたよ・・・。
「お前もこれを羽織っておけ。ある程度は魔防効果がある」
更に中からグレーのローブを取り出して、学院長が俺に差し出した。
「ありがとうございます」
「大事な生徒だからな、こんなところで死なれても困る」
1ブロックぶっ飛ぶ状況だったらどんなに魔防性能のいいローブでも足りないと思うけどさ。
そこまで状況が悪化しないことを期待しよう。
魔術学院を出て、馬車で保安部の訓練所まで直行した。
そこでカロテラン隊長(ゴマ塩ひげのおっちゃんだった)と話をして警備兵を集めている間に王宮の方から馬車が着き、4人ほどの魔術師が姿を現した。
「ウィル・ダントールだ。下町の知人に禁呪の使用が疑われる死体が見つかったので犯人を見つけるのを手伝えないか、頼まれたんだそうだ。
ウィル、エラフィナ・ザダール、ガダン・イークター、ヘスタル・ウィローズ、ジャスパー・ヴォーンだ」
簡単に学院長が名前だけ紹介する。
魔術師の卵が宮廷魔術師と顔見知りになる機会なんてそうあるものではない。
名前を紹介してくれるなんて、やっぱいい人だ。
バスケラー男爵邸の商人門と面した裏側の通りに一軒、売りに出ていて空き家になっている場所がある。
学院長のところに戻る前に長のところに報告に行ったらそう教えられた。
そこで当り屋(&ひき逃げしないように馬車を止める『通りすがりの馬車』)が待っている手はずになっていた。
「これはこれは。ハートネット学院長ご本人がいらっしゃるとは。下町の住民を代表して、感謝の言葉を言わせてください」
当り屋その他と一緒に待っていた赤が学院長を見て、恭しく頭を下げた。
単なるお茶好きなじーさんだと思っていたら、学院長って実は有名人だったんだ。
しかも赤が頭を下げる程の人間だとは。
赤は大抵の人間に対しては、まるで空気のように隅に静かに立っていて挨拶をせずに済ませてしまう。
その赤が態々挨拶するなんて・・・もしかしてその20年前の禁呪の騒動の時にも学院長が活躍したのだろうか?
赤と学院長が静かに雑談している間に、エラフィナ・ザダールが俺に声をかけてきた。
「禁呪の可能性が報告されてから6日間、保安部や我々も探してきたのにどうしても手がかりが見つけられなかった。どうやってバスケラー男爵までたどり着いたの?」
長は保安部も王宮魔術師も下町の死体なんて真剣に調べないと思っているようだったが、どうやら誤解だったらしい。
とは言っても何も見つからなかったら調べなくてもある意味結果は同じだが。
「直近に死体が遺棄された場所で、多分死体を捨てたと思われる馬車が目撃されていたんです。
目撃者の記憶を読ませてもらって、その記憶で馬車が走っていた道に残っていた馬の痕跡を追いました」
傍に立っていたジャスパー・ヴォーンが目を丸くして口をはさんだ。
「下町から、ここまで2日前の馬車の痕跡を追ってきたのかい??猟犬顔負けの追跡力だね」
犬かい、俺は。
だが、相手の顔を見る限り別に見下して言ったつもりはないようだ。
「心眼は学院中でも飛びぬけていると教師には言われました。あまり魔力は無いんですが、眼はいいんです」
エラフィナが頷く。
「魔力の行使なんて、力自慢の魔術師に任せればいいのよ。眼がいいことの方がよっぽど役に立つわ。その能力をもっともっと磨くことね」
親が死んで以来、盗賊としてこれ以上なく真剣に磨いてきましたよ。
ま、生まれ持った容量である程度決まってしまう魔力の強さよりも、得意な心眼を磨く方が役に立ちそうだからこれからも頑張って活用していこうとは思っているけど。
「ウィル」
青が声をかけてきた。
バスケラー男爵邸の商人門から馬車が出てきている。
心眼を凝らしてみる。
あった。
薄っすらと馬車の床にあの嫌な痕跡が見える。
「あれだ」
それを聞いて、まるで遊びに夢中になっていたかのように、当り屋が空き家の敷地から飛び出していく。
「あぶない!」
『偶々通りがかった』警備兵が声を上げるが、それも虚しく子供が馬に蹴りあげられた。
御者は一瞬、そのまま通り過ぎようとしたが『偶々』道に出てきたもう一台の馬車にぶつかりそうになって急停車した。
「大丈夫かい?」
警備兵の後ろを『偶々』歩いていた魔術師が蹴り飛ばされた少年に声をかける。
「・・・大丈夫です。ちょっと足をひねっただけみたい」
当り屋が弱々しく答えた。
うまいもんだ。
馬に蹴られる瞬間に飛んでいるから実際にはどこも打っていないっていうのに。
警備兵が馬車の乗客席の方へ近づいた。
御者が慌てて警備兵を止めようとするがもう一人の警備兵に声を掛けられて足止めされる。
「失礼しますが、今の事故のことで・・・」
警備兵の声が途切れた。
「なんだ、これは?!」
どうやら、死体発見のシーンが整ったらしい。
あとは禁呪の元へ突撃だ。