196 星暦553年 藤の月 3日 防寒
「おや、アレクは?」
年末の騒ぎの酒がまだ完全に抜けず微妙にぼ~とした気分で食堂におりて来たら、シャルロしかいなかった。
何度も食事を作らせるのはパディン夫人に悪いから、基本的にうちでは三食は決まった時間に出され、それに間に合わなかった人間は自分で冷めた食事を温め直すことになっている。
やはり作りたての方が美味しいので食事時になると3人が集まることが多いのだが、今日はアレクの姿が見当たらなかった。
「折角の新年だから、ラフェーンと朝陽を楽しみに出かけたみたい」
お茶を飲んでいたシャルロがぴらぴらとメモを振りながら答えた。
お茶。
あれはいい。
二日酔いにも水分を沢山取るのはいいと言うし。
ということでお茶を自分用にも注ぎながら、外を見やる。
「まあ、良い感じに晴れているけど。寒くないんかね?」
魔術師になったことで贅沢に魔石を使って家を暖かくし、朝ベッドから出てきても寒くない環境を享受できるようになった。
盗賊として働かなくなったお陰で何時間も寒い中、外で家人が寝静まるのを待つ必要もなくなった。
だが。
それでも真冬に外を出歩けば寒いことには変わりない。
まあ、子供の頃の薄っぺらい上着とは比べものにならないぐらい質の良いコートを着られるようになっただけましだけど、それでも乗馬(ユニコーンだけど)というのはかなり飛ばさない限りそれほど体を動かさないから寒いだろう。
「え~、適当に結界を張って、加熱すれば大丈夫でしょ」
のんびりと手元の本のページをめくりながらシャルロが答えた。
いやいや。
それはお前さんみたいに特に有能かつ魔力のある魔術師に関してだけだよ。
停止状態ならまだしも、動いている馬の上でそういう状態魔術をキープするのってそれなりに大変だぞ??
バタン!!
どう突っ込みを入れるか考えている間に、玄関の扉が勢いよく開いた。
「寒い!!!!」
コートをラックに投げだし、手をこすりながらアレクがティーポットへ直行した。
「ほら言ったろ? 常識的には寒いんだよ、冬の遠乗りって」
お茶を手に、アレクが振り返った。
「携帯できる加熱型魔具を作ろう!」
ははは。
まあ、今取りかかっているものはないから、別にいいけど。
本を閉じたシャルロが考えながら何か答えようとしたときに、台所からパディン夫人が顔を出した。
「朝食が出来ましたよ」
「は~い」「「はい」」
一通りベーコンやらパンやら卵を食べ終わり、おなかも満足したところで話を再開。
「だけど、遠乗りに行ったら確かに寒いが、体を動かしていればそれなりに暖まるのに需要があるかね?」
寒いさなか仕事をしなければならない人間は体を動かしていることで、それなりに暖まる。
まあ、警備をしている人間とかはあまり動き回らないかもしれないが、警備兵に暖まるための魔具を買い与えるぐらいなら、チームに一つ通話用魔具を買うのではないだろうか。
「遠乗りに行ったら寒い」
きっぱりとアレクが言い切る。
「まぁ、冬でも時々馬の運動をしてあげないと可哀想だしねぇ。携帯できる加熱型魔具があれば、天気が良い日に散歩に行ったりしても良いだろうし」
のんびりとシャルロも相づちをうった。
「あったら便利だろうが......最初に流行させないと態々金持ち連中が買うとも思えないぜ。それなりに実用的に必要な人間が買って、『いい』って評判になったらもっと高い金持ち用贅沢バージョンも売れるかもしれないが、まずは実用的に必要な人間が買える値段で売り出せないとだめじゃないか?」
商会の運送馬車の御者用にでも売り出すかね?
だが、それでも今まで無しでも極端に問題は無しに配達が出来てきたのだ。
態々お金を出して新しいタイプの加熱型魔具に商会が投資するだろうか?
それなりに余裕のある層が『これは良い』と気がつけば売れるようになるだろうが、イマイチどうやったら売り込めるのか、想像が出来ない。
「ま、いいじゃん。空滑機に乗るときにも暖かいし。結局機体に暖房つけようって言っていてまだしてないんだから、ついでにこれで一石二鳥だよ。売れたらラッキーって感じで、とりあえずは自分たち用に作ろうよ」
のんびりとシャルロが提案した。
さては、ケレナとの遠乗り用に欲しいな?
ま、俺も時々変な依頼のせいで外で身を潜める羽目になりかねないからな。
あっても悪くは無いか。
「そうだな、考えてみたら冬は空滑機をレンタルする人に無料で貸したら口コミで買いたいという人も出るかもしれないし」
お茶のお代わりを注ぎながらアレクがうんうんと頷いていた。
凄い久しぶりです。
更新スピードはかなり遅くなると思いますが、またよろしくお願いします。