186 星暦552年 黄の月 11日 仲良し3人組(3)
学院長の視点続いてます
「しかし、あの3人が共同でビジネスを始めるほど親しくなるとは思いませんでした」
ウィルが帰った後もいじり回していたニルキーニが、やっと通信機をサイドテーブルに置いてお茶へ手を伸ばした。
「そうか?ある意味、必然だと思ったがな」
「必然・・・ですか?侯爵家と大商家の息子達と下町からの奨学金生が親しくなることが?」
ニルキーニが意外そうに目を瞬かせる。
「魔術師と言うのは全人口の中ではごく少数の人間だから、社会全体から見れば異端な存在だ。だが、そんな魔術師のグループの内部を見れば、『標準』と言う物が存在する。考え方なり、両親の職なり、家系の歴史なり。そう言ったモノに影響される価値観も魔術師としての標準にまとまる傾向がある」
しかも社会の中の異端であるからこそ、グループ内部での纏まりの求心力は強い。
「幼い頃からどんな魔術師よりも強力な力を持つ水精霊に加護を与えられたシャルロ・オレファーニも、国の屈指の商会の息子でありそのビジネスに協力する能力と意思のあるアレク・シェフィートも、標準的な魔術師では無いだろう?彼らは魔術師の中において異色な存在だった訳だ」
2人とも『上流階級の人間である』という点で周りに溶け込み、異端であるということを周りに意識させなかったようだが。
それでも、2人にとっては時として周りと自分との違いに違和感を感じることがあったのではないだろうか。
「別に異色だろうと標準的なタイプの魔術師と親しくなれない訳は無いが・・・標準的な存在にとって、価値観の違いと言う物は違和感を感じさせるものだ。子供だからこそ、時には悪気は無くても自分達の『常識』を押し付けようとしてきたこともあるだろうな。
その点、シャルロもアレクもウィルも、元々周りが自分と同じ価値観を持っていない状況で育ってきた。お互いに周囲に同じ価値観を持つことを求めないから付き合いやすいんじゃないか?」
そうでなければ、ああも背景の違う3人が仲良くなる理由が考えられない。
確かに個性として合う・合わないはあるだろうが、普通に考えれば貴族と商人と下町の子供が親友になることは無いだろう。
ニルキーニが情けない顔をした。
「価値観の違い・・・ですか。考えたこともありませんでした。教師失格ですね」
「別にそれであの3人が問題を起こしていた訳ではないから、お前さんが気付く必要も無かっただろう。ウィルのスポンサーとして私が特に注意を払っていただけのことだ」
スポンサーとして、ウィルが魔術師としての能力を悪用するような生き方を選びそうならばそれを止める義務もあったし。
警戒心が強く、周りに自分から溶け込むことを最初から諦めていたウィルが、あの二人と仲良くなってから学院の一員として普通に過ごすようになって本当に安心したものだ。
魔術師としての訓練を全く受けずに魔術学院に忍び込み金庫を開けることが出来た盗賊が魔術師として教育を受け、その能力を悪用しようとしたら・・・それを止めるのは至難の技だ。
1対1で戦って殺すことは難しくないだろうが、相手は闇に溶け込み姿を消してしまう幽霊だ。学院を卒業して世に放たれるまでにその人格を見極めねばならぬとアイシャルヌとしては今までのどの生徒よりも細心の注意を払ってウィルを観察してきた。
「しかし、私の生徒があの空滑機やこの携帯式通信機を作ったとは。この目で見てもにわかには信じられません。魔具製造の教師として、自慢したいところですが・・・あまり私の授業は関係なかったような気がするところが切ないですね。私の授業よりも自分たちのプロジェクトに夢中になっていましたからね、あの3人組は」
ニルキーニが通信機の中継器を取り上げ、中を再び調べ始めた。
「教師とはそんなものだろう。我々の教え方がいいから突出した存在になってくれる生徒なんて殆どおらんよ。人と違った見方や能力をもった生徒の邪魔をせず、出来る限り成長を助けるよう努力するだけのことさ」
『出来る者はやり、出来ぬ者が教える』という諺がある。
本当に第一線で働く能力のあるものは第一線で働いている。
だから次代の才能を伸ばす為に教えるのは、能力が足りなかったり衰えてきた者だという話だ。
そう考えれば、本当に才能のある生徒を『教師が』伸ばすことが出来る機会なぞ殆どないのは当然のことだ。
「才能がある人間は、自分で伸びていく。その伸びる過程を出来るだけ効率的にすることが我々教師の務めさ」
そうして教えた生徒が魔術と関係ない部分で色々役に立ってくれているのは、想定外なボーナスといったところだな。
全然背景の違う3人が何故親しくなったのかをちょっと分析してみたかったので書きました。
なんか、理屈臭くなりましたね・・・。
とりあえず、これで幕間の話は終わりです。