185 星暦552年 黄の月 11日 仲良し3人組(2)
今度は再び学院長の視点です
「はい、どうぞ」
ソファに座りながら、ウィルがスーツケースをニルキーニの方へ押してよこした。
先日の皇太子手紙事件の際に見せられた携帯用通信機が面白そうだったので一つ買うことにしたのだ。
それを何かの拍子で話題に上げたら、魔具製造担当のニルキーニが非常に興味を示したのでウィルが持ってくる際にその説明をニルキーニも聞かせてもらうことになった。
早速ニルキーニがスーツケースを開く。
「ほう、これが携帯式通信機か。思ったよりも軽いな」
「ああ、重さに関しては質量軽減の術回路も入れてあるんで。元々空滑機に乗っている時にお互いと話し合えないのが不便だと言うことで始めた研究だったんで、軽くするというのは必要絶対条件だったんですよ」
ウィルが私からお茶を受け取りながら答えた。
「それで、どの位の距離で会話が出来るのかね?」
中のカバーを外し、術回路となんだか分からない分からない金属片やら色んな物が入り繰った中身を丹念に見つめながらニルキーニが尋ねる。
流石、魔具製造担当教師だ。熱意が違う。
私だったらどう機能するかに興味があり、いわば動けば良いと言うところなのだが、ニルキーニは通話を楽しむ前に中を調べている。
・・・これでは、下手をしたら使う前に分解されてしまいそうな勢いだ。
そうなったら給料から天引きしてやろう。
「え~とまあ、内部の構造に関しては一応企業秘密なんで、使い方だけ説明させてもらいます。
これが動力源の魔石。切れたら魔力を充填するか新しい魔石を入れて下さい。こちらは通話先を設定する為の魔石。相手の持っている魔石と予め同調させておいて使います。違う相手と話したい時はこれを入れ替えるだけです。
一応最初から10個程通話先指定用の魔石が入っていますし、この魔石は何度でも同調しなおすことが可能ですが、更に数が必要になったら自分で購入して下さい。普通の魔石でも大丈夫ですが、水晶系の魔石の方が音がいいです」
スーツケースの上部にある小さな箱から水晶がベースになった魔石を取り出し、ウィルはそれを会話用の端末の方へ嵌めこんだ。
「とりあえず、これはウチの通話端末に同調してありますので、お見せしますね」
その言葉とともに、ウィルが端末の右にあるスイッチを入れる。
柔らかい音が端末機から流れた。
「これは相手への呼び出し音が聞こえています。
相手の端末の待機用ケースにこちらの魔石と同調させた物が入っていれば、呼び出し音が鳴るようになっています。完全に外して別のところに置いている場合はどうにもなりませんが」
『お、着いたか?』
端末からアレク・シェフィートの声が聞こえてきた。
「アレクか、久しぶりだな」
ニルキーニが端末機へ話しかける。
『・・・ニルキーニ先生ですか、お久しぶりです。面白いおもちゃでしょう?よろしかったら割引販売いたしますよ?今のところあまり端末機を持っている人がいないので通話できる相手が限られていますが、近いうちに使える相手も激増すると思いますし』
シェフィートが滑らかに売り込みを始めた。
「こらこら、売り込みをしないでくれ。ところで、人からかかってきた時の呼び出し音も聞きたいからそちらから通話を呼びかけてくれないかね?」
新しいおもちゃの誘惑に引きずり込まれそうになったニルキーニから端末を取り上げ、リクエストする。
それなりの高給を払っていると言うのにニルキーニがいつも金欠病なのは、この新しい物好きな性根が諸悪の根源だ。
本人もそれを認めているって言うのに、こういう場面であっさり誘惑されてしまうのは困ったものだ。
「分かりました。アレク、切るからかけ直してくれ」
ウィルが端末を受け取り、右のスイッチを押してから水晶ベースの魔石を待機用と説明した箱へ魔石を戻した。
りんご~ん。
柔らかい音が部屋に響いた。
ウィルが待機用の箱から魔石を取り出し、端末へ嵌めこんで右スイッチを入れる。
「ありがと、アレク」
会話が切れた後にも、更に使い方の詳しい説明をウィルが続けた。
「これってリビングとかには置かない方がいいと思いますよ。来客中や考えことをしている時に問答無用で突然話しかけられて邪魔をされるのはそれなりに苛立たしいし、待機用の箱に入れていた魔石の同調先の人は向こうからこちらの会話がある程度聞き取れてしまうので」
ふんふんと使い方の説明を聞き流していたのだが、これは・・・困る。
「盗み聞きに最高な魔具だな」
「だから一応、人に渡す際には音が漏れますよって警告しているんですよ。現時点ではそれ程多数が出回っていないので被害も少ないと思いますが、これがもっと広く出回った際にはどうやって盗聴をさせないかは重要な課題になってくると思います」
肩をすくめながらウィルが答えた。
まあ、どれほど優れていようと都合の悪い機能があろうが、道具は道具だ。
作った者の意図とは関係なしに、便利なツールと言うのは悪事にも便利に使われてしまうのだろう。
・・・考えてみたら、皇太子の部屋や王宮の会議室にこの端末をさり気無く置いておけば盗聴やり放題じゃないか。
王宮と軍の警備部門に何らかの対抗策を考えさせた方がいいな。
「通話の距離と魔石の消耗はほぼ比例しています。遠くと話せば話すほど、魔石が早く消耗します。大体王都の端のノルデ村から反対側の郊外の町までの通話で丸々1日程度話していたら魔石の魔力が無くなります。王都のシェフィート本店からここぐらいまで位の距離だったら3日程度と言うところですかね。
スーツケースの方はここに置いて教室でもぎりぎり使えるかな・・・と言うところですかね。ただし、本体と端末の距離を離して使うと音が悪くなります。
ま、何か質問があったらいつでも言って下さい」
お茶を終わらせてウィルが立ち上がろうとしたが、ニルキーニがあれやこれやと質問を投げかけたのでやがてウィルは座りなおしていた。
・・・幾ら興味を示したからってニルキーニを呼んだのは悪かったかな?
ま、こいつも魔具好きな仲間が多いから、うまくいけば商品購入がそれなりに起きるかもしれないから、それで負けておいて貰おう。
3人組の話にたどり着く前に携帯式通信機に時間を食われ過ぎてしまいました。
ので、続きます。
次回こそはちゃんと3人組のことをメインに据える予定。