018 星暦549年 萌葱の月 5日 聞き込み
夜の街とは下町の中の下町。
死体遺棄の場所にいいと思ったのかもしれないが・・・実は、人通りが多い上、人通りの時間が特定できるから調査する人間には情報が多い場所でもある。
カナパラ神殿は秋の神カナパを祀っている。
秋と言えば主に収穫の神として信仰されているが、基本的に四季の神と言うのは四季が回ってくることに関する神らしい。
だから例えば干ばつになれば収穫は激減になる。別にカナパはこう言ったことに助けてはくれない。
でも秋が早すぎたり遅すぎたりすると収穫に響くので農耕地域では重要な神だ。
都市部である王都では・・・『早く暑い夏が終わってくれ~』と言った程度かな。
ここは民衆からの信仰よりも王侯とのやりとりをこなす為の政治的意味合いの方が強い設備なのであまり人がいない。
8の鐘が鳴る少し前にたどり着いて周りに怪しい気配が無いかを確認していたら、後ろから青が現れた。
「禁呪は被害者が娼婦だろうが孤児だろうが、術者が貴族だろうが宮廷魔術師だろうが、死罪なんだそうだ。知っていたか?」
青の目が驚きに少しだけ見開かれた。
「それはそれは。名目上は死罪だと言うのは知っていたが、そこまではっきりとどんな条件でも死罪になるとは知らなかったな」
「どうやら禁呪と言うのは一般に知られているよりも更に危険らしいな。単に人の命を糧に術を成すと言うだけではなく、通常の魔術ではあり得ない位の広範囲に被害を及ぼすのかもしれない」
一人の魔術師が保有する魔力なんて、たかが知れている。
それこそ、火薬を仕掛けて爆破するのと大した差は無いはずだ。
『火薬』という目に見える形が無いから精神的インパクトが大きいし、火薬を作ったり設置したりするのに比べれば準備に必要な時間が圧倒的に短いから、戦場では魔術が重宝されるが。
また、基本的に魔術と言うのは魔術師の生命力全てを搾り取って行う物ではない。そこまで行く前に術者が気絶してしまうからね。
だからこそ、魔術師が力のコントロールに失敗して術を暴走させるとその術者の通常の能力からは考えられないほどの被害が出るのだ。意図に関係なく術が発現しているので気絶しても術が中断されない。
この効果を利用して自分の生命力使い切る為に意図的に術を暴発させて行うのが最終術だ。だが、これはそれなりのレベルになった術者しか知らないし、当然、一回やったら次は無い。
禁呪は人間の生命力を総て搾り取り、しかも何人分ものエネルギーを一人の意思の元に使う。
巨大な結界を張ったり天候介入を行ったりする際に、何人かで協力して大きな術を行うことはある。だが、どうしても個々の魔術師の力は反発するし、タイミングがずれたりするので術の規模には限界がある。
これが、禁呪の場合は一人の術者が行うから理論的には限界が無い。
『とは言っても、幸いにも大抵の場合はそこまで事が大きくなる前に術者が被害者の生命力の蓄積に失敗して自爆することが多いのだがな』
禁呪の危険性を説明してくれた学院長が言っていた。
『5人殺してまだ何も大きな暴発が起きていないと言うことは、術者が魔力を蓄える手段を何らかの方法で手に入れたのか、それとも単に暴発まで時間の問題なのか・・・。どちらにせよ、非常に危険だぞ』
連続殺人が起きていると言うだけでも十分嫌だが、探している術者の周りでいつ魔術的暴発が起きるかも分からないと言うのは更に嫌だ。
ある意味、知りたくなかったかも。
この事件が終わったら、図書館の禁呪に関する本をもっと探してみよう。
世の中には危険なことは幾らでもあるが、無知はその危険性を更に高める。
それはともかく。
朝一番に行ったのは酒場街の外れだった。
ローブを被せられていた為、単なる酔っ払いだと思われたお陰で死体がいつ捨てられたのかも分からない。
人通りが多い上、酔っ払いの嘔吐物や尿が定期的にぶちまけられている道の痕跡は完全に消し去られているようで、お手上げだった。
最後に行ったのが、夜の蝶の街。
夜は女や若い少年を買う男(たまに女もいるが)が沢山通っている場所だが、今の時間なら人通りはほぼ皆無だ。
ここも朝に馬車から死体が投げ捨てられたらしい。
8の鐘に市場へ買い出しに出てきた娼館の手の者が発見した。
幾ら人通りが少ないとはいえ、早朝まで娼館にいて朝方に家へ戻る者や、夜の商売が終わってねぐらに帰る者もいるから、捨てられた時間もそれ程ずれていないはずだ。
「死体を発見した子供に話を聞けるか?」
ここは夜の間中人通りがあり、朝の8の鐘に死体が発見されたと言うことは、捨てられた時間の枠は小さい。うまくいけば捨てた馬車を見ているのかもしれない。
その人間の記憶を使って更に詳しく痕跡を追える可能性がある。
とりあえず、まずは現場付近の痕跡を探す。
かえってこういうところは大通りの方が『商売』に使われることがある裏通りよりも痕跡は混合していない。
やはりあの嫌な痕跡が残っていた。
どうやら、あれが禁呪に関係しているのは間違いないようだ。
捨てられた場所に薄っすらと残っている。
だが、相変わらずどこから来たのか、道には何も痕跡が見えない。
これだけ薄いと、地面に触れていない馬車と言う箱の中で移動している間の痕跡は残らないのかもしれない。
諦めて心眼から焦点をはずし、青の方を振り返る。
6歳程度の子供と一緒に立っていた。
「よう」
しゃがみ込んで子供に声をかけた。
「いるか?」
学院長のところから貰ってきた果物を差し出す。
子供の目が輝いた。
こんなところを早朝に歩いているのだ。
多分娼館の下働きだろう。
親に売られて、夜の蝶として売りに出されるまでは買い出しや雑用をこなすこういった子供は多い。
売りに出す年齢に近づいてきたらそれなりに待遇も良くなるが、まだ6歳なら食事も粗末なモノだろうから、果物は稀に見るご馳走だ。
伸ばしてきた小さな手から果物を遠ざける。
「ちょっと話を聞きたいんだ。それを応えてくれたらこれをやる」
小さな頭が熱心に縦に動く。
「2日前に、ここで死体が見つかっただろう?あの朝に馬車を見ていないか?」
「見たけど、紋章も何も付いていなかったよ。毎日見かける馬車と何の違いもなかった」
果物から目を離さずに子供が答える。
「構わん。その朝のことを、建物を出てから出来るだけ詳しく思い出してくれ。それを術で読む」
これは元素に働きかけるタイプの術ではなく、自分の力を使って精神に働きかける術だ。
向き不向きがあるのだが、幸い俺は中々適性があり、相手が協力的ならば直近の記憶を読む程度のことは出来る。
成熟してくると人に心を読まれるということを嫌がるようになるものだが、まだ物心がついて間もない子供は『記憶』などと言う不確かなものよりも果物の方がずっと重要らしく、全く嫌がる様子なく頷いた。
術を組み立て、力の言葉で発動させる。
「リアド・ミネ」
何をすればいいのか分からずこちらを見ていた子供に頷いて、思い出すよう促す。
幻の風景が心眼に浮かんでくる。
出来る限り詳しく、と言った言葉に忠実に子供は娼館を出た時に見かけた壁のシミや猫まで思い出しているようだ。
小さい手に撫でられる猫がふいっと立ち去った先に道が目に入り、馬車が走りすぎていく。
馬車が視界から消え、子供が角を曲がったら道端に女が寄りかかっていた。
客もとに出向いた夜の蝶が馬車で送られてきて力尽きたのかと、一瞬馬車に目をやる。
特殊な性向を持つ客は夜の街で働く者にとっては一番嫌なタイプだ。
金でこちらの苦痛と・・・最終的には命を買っていく。娼館のマダムは商品を傷つけるからその分高い料金を請求するが、それは常連であればのこと。
合意もなく傷を付け、その分の費用を払わない客は夜の街から締めだされる。
だが馬車には客の身元を示すような紋章もその他特定に役に立つような特徴も無かった。
「お姉さん、大丈夫?」
客もとに出向いた夜の蝶が倒れたのかと近寄ったが、既に女の息は無かった。
顔、手、胸。
服に隠れていない箇所一面に刃で切られた跡が付いているのに、血は無かった。
子供が悲鳴を上げ、大人が駆けつけてくる。
もう馬車はどこにも見当たらなかった。
「ありがとうな」
果物を子供に渡し、頭をなでる。
「何か分かった?」
果物に齧り付きながら、子供が尋ねた。
子供の記憶から、馬車がどこを通っていたのかが視えた。
死体の痕跡は道には無いが、馬車の痕跡は見える。
「ああ。これで相手を追えるかも知れない」