177 星暦552年 緑の月 25日 盗賊、雇います(3)
学院長視点続きます。
自分の過去も今回のトラブルにおける役割も知られたくないというウィルの主張を考慮した結果、皇太子には『新しい携帯式通信機を発明した教え子の一人』ということで紹介されることになった。
「学院長は俺のことを信頼してくれるでしょうし、俺も今回の事件のことを悪用するつもりはありませんが、頑張って手助けしたのに皇太子もしくは彼が相談した相手の誰かに後々口封じに狙われるのは御免です」
というのがウィルの言葉だった。
・・・現実として、口封じの可能性はそこそこ高い。
なまじ下町出身の元盗賊などという、これ以上ないぐらい出自の低い魔術師であるからこそ、次期国王の弱みを握ったところで悪用出来る場面は少ない。
友人たちと始めた商品開発ビジネスでそこそこ順調に成功しているようだから経済的にもこの機密を売る動機も少ない。
しかも誓約にて機密を誰にも知らしめないことも誓っているのだから自分の命を縮めずに情報を売ることだってほぼ不可能に近い。
だが、そんな事実も『もしかしたら』という疑心暗鬼に捕らわれた人間にとっては関係ないこととなってしまうだろう。
ということで『特級魔術師であり、皇太子の信頼の厚い魔術学院の学院長が一肌脱いだ』という形で事件は解決したことにするとウィルとアイシャルヌは合意した。
報酬に関しては、アイシャルヌは金貨30枚を払い、もしも皇太子からの謝礼がそれを上回った場合は差額の半分をウィルに渡すということなっている。
内紛によって生じる損失額を考えると金貨30枚なんていうのは少なすぎる気もするところだが・・・皇太子がちゃんと手紙を焼却していれば全く生じなかった費用だと考えるとそれ以上をこちらから請求するのも微妙だというウィルの言葉でこの金額になったのだ。
『ま、俺一人の生活費だったらそれで1年分ぐらいになるし、馬鹿な王族のせいで学院長が破産しちゃったら可哀想だし』とのウィルの言葉でとりあえずアイシャルヌも良心の咎めを感じないことにした。
学院長たるもの、金貨30枚なんて言うしょぼいレベルの貯蓄しかない訳ではないのだが・・・。
ま、そこはウィルだって分かっているのだろう。
◆◆◆
「ほう、これが携帯式の通信機なのか。軍の者が購入すると予算会議の際に口にしていたが目にするのは初めてだ」
アイシャルヌがウィルから買い取った通信機を手にとって、皇太子はしげしげとそれを眺めた。
「販売契約はしましたがまだ出荷は始まっていないので、殿下は通信機の極々初期の所有者ということになりますね」
ウィルがにこやかに皇太子に告げる。
「ほう、まだ出荷していないのか。これはどこから入手したのだ?」
「我々が開発者ですから。職人たちへ製造方法を教える際に幾つか作った製品の一つになります」
皇太子の目が驚きに見開かれた。
「君たちが作ったのか?!」
・・・そう言って紹介されたじゃん。
ジト目で学院長へ流し目をしたウィルに、アイシャルヌは肩をすくめた。
どうやら初めて見るおもちゃに気を取られて、皇太子は紹介の言葉をちゃんと聞いていなかったらしい。
まあ、学院長が皇太子へ会うための口実だと思っていたのかもしれない。
「はい。空滑機でちょっと遠出した際、お互いに意思疎通できないのが非常に不便だったため、3人で知恵を絞って開発しました」
「ほほう。空滑機か。あれは私もいつか乗ってみたいと思っているのだ。軍の方でも幾つか入手したらしいのだが、『危険だ』と言われてしまってね」
安全ベルトを幾つか余分につけておけば多分大丈夫であろうが・・・次期国王を危険にさらすことは出来ない。ウィルもそう考えたのか、何も言わずににこやかに佇んでいた。
「機能を試してみませんか?隣室にウィルが入って待っていても構いませんかな?」
頃合いを見て、アイシャルヌが提案した。
「ああ、そうだな。衛兵!隣の部屋へウィル君を連れて行ってくれたまえ」
皇太子が近衛兵に声をかけて指示する。
『聞こえますか?』
しばし待った後、通信機からウィルの声が聞こえてきた。
「なるほど!普通の通信機と同じぐらいに声がいいのだな。画像はないのか?」
『画像まで通信しようと思いますと必要な魔力と術回路がかなり大きくなってしまい、携帯するのは難しくなってしまうんです』
「ふむふむ。面白いな。これで何かと実験をしてみたいところだ。ところで、これは通信を切るにはどうすればよいのだ?」
『左下を開いて、魔石を取り出して下さい。魔力が無ければ動かない魔具ですのでそれで完全に通信機能が落ちます』
「分かった。しばし学院長と話したいことがあるのでそちらで待っていてくれ」
ウィルの返事を待たずに魔石を外した皇太子はすぐさま学院長の方へ向いた。
「で、どうなった?何か進展があったのか?」
「まだ伝手を頼って何か変わった動きが無いか確認している最中です。ですが、どのような状況で盗まれたのかが分かった方がいいかと思い、来ました」
隣室からだったらウィルはここで皇太子がやっている行為は視える。
皇太子の私室に手紙が保管されていた可能性に賭けてウィルが隣室で待つようになる状況を作ったのだが・・・。
「ああ、そうだな。この細工机の隠し引き出しに入れていたんだ」
皇太子が部屋の奥にあった机へ歩み寄り、一番上と三番目の引き出しを少しずつ出し、右側の飾りを押し込み、左の飾りを引っ張る。
ごん。
鈍い音が響く。
机の前へ戻った皇太子が引き出しの中に現れたもう一つの引き出しを取り出して見せた。
「ここに入っていた」
「いつ無くなったのか、分かりますか?」
幾らなんでも20年前の恋愛ごとの手紙を今更毎日見ているとは思えない。
となると、いつ盗んだのかもはっきりしない可能性は高い。
「先日、ファルータ子爵が王都に来てね。懐かしくなってその前に手紙を出していたから・・・5日前から昨日までの間だな」
「ほう、ファルータ公爵の後継ぎがいらしていたのですか。その前に出していたと言うのは分かりましたが、昨日は何故そこをまた開いたのです?」
「息子へのプレゼントが届いたのでね。ここに仕舞っておこうと思ったのだよ」
息子へのプレゼントを態々隠すとは。
血縁の情が薄いのが常である王家の人間にしては、この皇太子は少々変わっている。
だが、場合によってはこれも国王の人間的な情けとして国民にとって良い方向に機能するかもしれないとアイシャルヌは期待していた。
まあ、情け深すぎるのも問題だが。もっとも、この国の上層部は何故か(?)非情な人間が多いので問題ないだろう。
「面白い細工机ですね。どこで入手したのですか?」
「20年程前にナルダンの工房に作らせた物だ」
20年程前。
もしかして禁断の愛の手紙を隠す場所として作らせたのだろうか?
「もしかして、同じ物を作らせて他の人間に贈ったりはしていませんよね?」
「勿論だ。私の使う物は全て一点ものに決まっているだろう」
確かに、次期国王が使う物となれば同じ物が存在することは許されないだろう。
「分かりました。私の方も手を尽くしますので、殿下も何か通常と違うコンタクトがありましたら是非連絡を下さい」
とりあえず、王宮へ来た目的は果たした。
◆◆◆
「どうだった?」
馬車に沈黙をかけて尋ねる。
「視えました。細工机は・・・ある意味良くあるタイプですが、偶然見つけられる物ではありませんね。皇太子にあの部屋に呼んだ人間のリストを貰って、ナルダン工房の細工物を持っている人間を調べてみてください。結果が出るまではとりあえず学院長が作ったリストの家を回って行きますが、手当たり次第探しても効率は悪いですから。
ところで・・・落胤が王都に来た数日後に盗まれるってタイミングが怪しくないですか?その落胤って皇太子に瓜二つだったりしないですよね?」
会う前からフォルータ子爵が皇太子の子供であると知っていたからアイシャルヌにとってはあの少年(今では青年だが)は皇太子の面影をそれなりに持っていたが・・・何も知らない他人から見たらどうだろうか。
「それなりに面影があるが・・・ファルータ公爵家は元々王家の血が濃いからな。公爵本人が殿下の兄弟と言われても不思議は無いような容貌だ。怪しまれる程ではないだろう」
「別に有力公爵家の後継ぎを皇太子が私室に呼んでも特に怪しまれることはないんですね?」
さて。
皇太子の最近の行動をそれ程は知らないが・・・。
「最近のことは知らぬが、殿下はそれなりに人を私室に呼んでいたから、怪しくは無いだろう」
ウィルが顔をしかめた。
「では、私室に入っていてナルダン工房の細工物を持っている人間はそれなりにいるっていうことですか。厄介ですね」
「そうだな。とりあえずあの私室に入っていて細工物を持っているリストを作るから頑張ってくれ」
「了解です。そう言えば、アレク達には学院長の甥御さんがちょっと問題を起こしたのをもみ消す手伝いをしているってことにしていますからね」
小さくため息が漏れる。
自分があのバカ甥の尻拭いをしているばかりか、その手伝いに教え子を使っていると思われるなんて心外だが・・・しょうがないだろう。
昨日はサボってしまったのでちょっと長い目。
考えてみたら、それなりに皇太子と学院長との間で情報の交換をしてくれないと探しにくいんですよね。
とりあえず、式を使って手紙をやりとりしていると考えておいてください。
ちなみに、皇太子の落胤の子爵というのは公爵の後継ぎの名誉称号です。