173 星暦552年 萌葱の月 23日 通信機(5)
「通信機能ってそんなに重要ですかね?」
パディン夫人のクッキーをお土産に、俺は久しぶりに学院長のところへ訪れていた。
前回の試運転から数日かけ、どうやらスーツケースもしくは空滑機に設置した通信機を中継機として使うことでそこそこ小さな通信機を作れる目処がついたのだ。
話す相手を設定する為の小さめな魔石を4つ内蔵させておき、スイッチで通話する相手を選べる形にしてある。もっと沢山の相手と話したければ更に魔石を持って行けばいい。
ただし、設置していない魔石の相手から通話の呼びかけがあっても分からないという欠点があるのだが。
ま、そんなに大量の相手から通信を受けることは無いだろう。
術回路の特許を公開しておけば更に誰かが改善するかもしれないし。
だが、その術回路の公開と通信機の提供をアレクの実家に限定するか否かに関して、俺もアレクもシャルロも自信を持って判断が出来なかったので学院長に意見を聞きに来たのだ。
まあ、最初から向こうが独占を希望して来ない可能性もあるが、断るにせよ合意するにせよ、先にリサーチをしておく方が良いだろうと3人で決めたのだ。
「携帯出来る通信機、ね。しかもそれなりの数の通信相手を比較的簡単に設定できると。商業上の利用も重要だが、治安維持や軍事行動に関しても利便性が高いだろうな」
お茶を淹れながら学院長が呟いた。
「治安維持や軍事行動、ですか?」
「頻度は少ないだろうが、軍事行動にとっての需要が一番大きいだろうな。今までの戦争というのは相手の軍のいる場所や規模というのは数日から数週間遅れた情報であるのは当然だった。だからこそ奇襲の脅威が大きかったんだ。これが想定敵国に張り付いて情報を逐一報告出来るようにすれば、向こうの軍が王国へ付く前にそれなりの軍勢を常に準備しておくことが出来るようになる」
成程。
というか、それを言うなら治安維持もだが、犯罪組織の方だって携帯出来る通信機の利便性は非常に高いだろうなぁ。警備兵がどこにいるかをリアルタイムで報告するシステムを作ったら、犯罪者の方は必ずいつでも逃げることが出来るようになる。
「ある意味、犯罪組織の方が魔術院の目を気にせずに特許から術回路の情報を得て盗作出来そうですから、下手に通信機の流通を制限しない方がいいかもしれませんね」
お互いのカップにお茶を注ぎながら学院長が頷く。
「シェフィート商会と他の商会との競争関係に関しては判断が難しいところだが・・・将来的な治安などへの影響を考えたら、携帯式の通信機を公開するなら下手にその所有が偏らないように、制限無しに売った方がいいだろう」
ついでに、値段も普通に治安組織が買えるレベルにしておく方がいいか。あまり高くして警備兵が買えないのに犯罪組織の方が盗んで数を賄ったりしたら目も当てられない。
・・・なんかそれも悔しいけど。
折角凄く儲かりそうな商品が出来そうなのに。
◆◆◆
「そっか。治安とかに関する影響って考えてもみなかった」
帰宅して学院長との話の内容を報告した俺に、シャルロが驚いたようにつぶやいた。
「確かにこう言う便利な道具は流通を制限した場合『正義』を体現すべき組織の方が入手しにくくなるな」
アレクが頷く。
警備隊が正義の味方かどうかは怪しいところだけど、まあ治安組織ではあるんだから売買が制限されている物を使っているのを目撃される訳にはいかないよな。
「だが、どちらにせよ治安組織の方が予算は厳しいんだぜ。賄賂で貰っている分を含めればそれなりに金はあるだろうけど、それを使って通信機を買うような良心は無いだろうし。あいつらの予算で買えるレベルに値段を抑えたら俺たちの儲けは殆ど無くなっちまう」
ムカツク。
思わず八つ当たりに机を蹴飛ばしてしまった。
「・・・最初から、シェフィート商会の方と話しておいて、治安組織や軍の方から相談があったらそれなりの量を買うのなら割引するということにしておこうか。他の消耗品の購入をシェフィート商会の方に回して貰えれば、通信機の販売による利益が少なくても商会全体にとってはプラスだろうし」
ふむ。
持ちつ持たれつと言うやつかな。
軍や警備隊へ貸しを作り、その分他の購入契約を回してもらえば全体的に見ればそれなりの利益になるのだろう。
消耗品契約を全部根こそぎ奪い取ったりしたら恨まれるだろうが、シェフィート商会だってそのくらいのことは分かっているだろうし。
「じゃあ、そうするか。シェフィート商会がそう言うことをする謂れはないから、最初から商品デザインを売る際に条件として契約に入れておこう」
俺の提案にシャルロも頷いた。
「なんか、僕たちの開発が王都全体に影響あるかもなんて思うとドキドキするね~」
まあ、ね。
本当に影響が出るほど売れるかどうかは売りだしてからのお楽しみというところだが。