017 星暦549年 萌葱の月 5日 学院長と朝食
犯人を追っているつもりが、自分が餌にされる可能性もあるとは指摘されるまで思ってもいなかった。
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俺の前職を知っているとはいえ、学院長の家に早朝忍び込むのは不味いだろう。
本当は中に忍び込んで屋根裏ででもしばし仮眠を取りたいところだが、お年寄りだけあって学院長の朝は早いようだ。どちらにせよ8の鐘までにカナパラ神殿まで行かなければならないから、ノンビリ眠っている暇は無い。
しょうがないので学院長の館の庭に周り、食卓からちょうど見える辺りにある杉の木に寄りかかって寝ることにした。
昔は昼夜が逆転した生活を送っていたのだが、早寝早起きの生活をするようになってきた今日この頃では夜更かしが大分堪える。
夜明け前の静寂な空気に包まれながら、いつの間にか睡魔の泉に沈んでいたようだ。
「ウィル?何をしている?」
学院長の声に起こされた。
意外と気持ちよく眠れた。まだそれほど寒くないのが良かったのかもしれない。
「学院長。早朝からすいません。少しお時間をいただきたいのですが」
「こんなところで寝ているんだ、そりゃそうだろうな。来なさい。私はまだ朝食を食べていないんだ」
館へ戻りながら付いて来るように学院長が身ぶりで示した。
・・・腹が減った。
幸い、学院長は俺の分の朝食も出すように使用人に指示してくれたので、食べながら簡単に説明することにした。
「下町の知り合いから、どうも禁呪による連続殺人が起きているようなので犯人を見つけるのを手伝えないかと頼まれたんです」
「禁呪??下町でか?」
お茶を淹れながら学院長が聞き返す。
この人、お茶が好きだよなぁ。最初に会った時も何よりも最初に朝はお茶って感じだったし。
「下町だからでしょう。少なくとも、死体遺棄は。
猟奇殺人の被害者のような死体が複数見つかっても、保安部にかかる犯人発見の圧力は大分緩いですから」
「嫌な話だが現実的というところか・・・。」
俺の前に出してくれたパンを一口貰ってから続ける。
「下町は死体に慣れています。そんな慣れた人間が見ても異常と思われる死体が既に5体発見されています。保安部も連続殺人として3人目から死体の保全を始めたそうです」
「なるほどね。で、お前は?」
折角なので極上のベーコンを一切れ口に放り込む。
「まだ死体遺棄の現場3か所しか回っていませんから確実なことは何とも言えませんが・・・。人通りが少ない2か所には見たことがない嫌な感じのエネルギーの残滓というか、痕跡がありました。ただの殺人ではないと思います」
ため息をつきながら学院長はベーコンを更に取るのを諦め、パンを手に取った。
「食欲の失せるような話だな・・・。もしも本当に禁呪であることが分かったら、こちらに来なさい。絶対に自分で対処しようとするな。
禁呪は死罪だ。例え被害者が孤児だろうが娼婦だろうが、術者が貴族だろうが大魔術師だろうが、死刑は免れない。
だから無理にお前やお前の知人で始末をつけようとするな」
今度は卵をお皿にとりながら頷いた。
「分かりました。必ず死刑だというのなら、確証を持てたら必ずこちらに来ます」
「確証でなくてもいい。それなりに怪しいと思ったら来るんだ」学院長が強い調子で修正した。
「禁呪は被害者の生命エネルギーを使って術を成すんだ。魔力がある人間が捕まって術の糧にされたら被害が想像を超える規模になる可能性がある」
なるほど。
魔術師の卵なんて、禁呪の糧には最適なのか。
魔術学院の生徒が行方不明になったら大騒ぎになるから今まで狙ってこなかったのだろうが、近くまで勝手に調べに来た魔術師の卵は口封じも兼ねて確実に禁呪に使われそうだな。
「了解です。まだ死体から禁呪の現場までの痕跡は拾えていないので、『怪しい』術者を見かけるどころか場所の想像すら付きませんが、目処がつき次第こちらに来ます」
お茶のお代わりを注ぎながら学院長が頷いた。
「『魔術を使った殺人が行われているかもしれない』と言う情報に基づいて調査を行っているということで保安部から情報提供を求める書状を書こう。クラスの方はとりあえず数日なら休んでも問題が起きないよう、話をつけておく。
数日調べても何も見つけられなかったら例え下町を良く知っていても一人ではどうしようもないということでこちらから人を出す」
流石、学院長。中々的を射た対応で助かる。
伊達に年を取っていないねぇ。