169 星暦552年 萌葱の月 11日 通信機
「携帯出来る通信機を作ろう!」
遺跡ツアーから帰り、細々とした雑用を終わらせて次のプロジェクトをどうしようかと話し合いを始めた場で、俺は提案した。
「どんな物を考えているんだ?」
アレクが尋ね返す。
「今回空滑機で長時間飛んだ際に思ったんだが、距離が離れると意思疎通が出来ないのって不便だろ?まあ、時間があるなら式を飛ばすという手もあるが、普通に話し合える器具があると便利だと思わないか?」
シャルロが考え込むように首を傾けた。
「確かにね。固定式の通信機だったらあるけど、動かせないからね。それ用の部屋に設置されているから屋敷に繋いだ後も話したい相手を呼び出すまで時間がかかって暇だし。携帯出来れば空滑機に持ち込んで移動中も話せて便利だね」
「ふむ。固定式の短所と長所はなんだと思う?」
アレクが聞く。
ん?何でそんな決まり切ったことを聞くんだ?
「固定されていることだろ?」
「ペアになった魔石が設置されている通信機としか通信できないのも不便だよね」
流石実際に実家で使っているだけあって、シャルロの方が現実的な答えが出てくる。
そうか、固定式の通信機ってペアでしか基本的に機能しないんだっけ。
「長所は?」
「どれだけ遠くても、どれだけ長い時間でも相手の顔を見ながら話を出来ること?」
シャルロが答える。
「そうだな。後は設定された魔石間でしか通話が出来ない代わりに、話している内容を盗聴される可能性が低いのも長所と言えるだろう」
アレクが付け加える。
確かに、シャルロが実家と会話をする分には別に盗聴されても構わないし、盗聴したいと思うほど暇な人間もあまりいないだろうが、例えばオレファーニ侯爵と長男のアシャル氏との間の会話だったら盗聴されたら困るような内容もあるだろう。
ま、侯爵家の本邸と王都の邸宅との会話だったら固定式を今まで通り使えば良いんだけどさ。
「会話の出来る距離をどのくらいまで必要とするか、会話の相手を限定するか誰とでも出来るようにするか、会話の機密性をどうするかと言ったことを考えないといけないな。勿論、サイズや重さも重要だが」
アレクがまとめた。
「何に使うことを想定するかがポイントだね。空滑機で飛ぶ間だけだったらそんなに会話可能な距離が長くなくても良いし、他の人に聞かれても構わないもん。でも、例えばアレクの実家が支店間での通信に使うならもうちょっと距離も必要だしあまり人に聞かれても困るよね」
うぉぉぉぉ!
シャルロがすっかり大人になってる!
単に空滑機で移動する時に不便だから・・・としか考えていなかった俺が恥ずかしくなってきたぞ。
ん?
考えてみたら、これから空滑機も携帯式通信機もそこそこの数を作ると想定すると、空滑機用だけのでも相手を限定出来ないと困るか。
「考えてみたら、人に聞かれて困らないと言っても何人かのグループが同時に使った場合にお互いの会話が邪魔になるようでは困るな」
「確かにな。となると、何らかの手段で相手を限定出来ないと困るが・・・魔石を登録した相手としか通話できないのも不便だ。第一、我々が移動する場合だったら3人で会話したいし」
「そういえば、通信機ってどういう風に機能しているのかな?」
シャルロの素朴な疑問に俺たちは思わずお互いを見回して、笑ってしまった。
「そんな基本的なことも知らずに今まで誰も作っていなかった携帯式の通信機を作ろうなんて、傲慢すぎるな。とりあえず、どういう風に機能しているのかを調べて、どんな術回路が存在しているかを調査した上でどんな改善が可能かを考えようか」
アレクが提案する。
「そうだな。魔術院でそれを調べるついでに、あの新遺跡の術回路のどんなものを魔術院が買い取ったかも調べておこうぜ。また遊びに行く際に、買い取られていない術回路を片っぱしから回収して何かに使えないか調べてみよう」
俺の提案に二人が頷く。
暫くは魔術院に入り浸りになりそうだ。
上手く行くといいんだけど。
ちなみに、固定式の通信機は白雪姫の継母が使っていたような大きな鏡という想定。(『鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?』の)
鏡に向かって話しかけると向こう側の鏡に映った光景が見え、お互いに会話できると言う感じ。