015 星暦549年 萌葱の月 4日 禁呪
闇に染まった人間だから禁呪に手を出すのか、それとも禁呪に手を出したから闇に溺れるのか。
人類が魔術を使うことを学んでから常に人を悩ませてきた命題だろう。
俺としては術の威力を高める為に人を殺す事が、パンや酒を手に入れる為に行われる殺人とそれ程違うとは思えず、禁呪に対する禁忌はヒステリックな気がしてしまう。
戦争となれば何万人もの人間が下らない貴族や王族の見栄や商人の利益の為に殺し合う羽目になる。
もっと馬鹿馬鹿しいケースとなれば、無能な貴族が贅沢をする為に税率を上げ、領民が飢え死にする事も珍しくはない。
アファル王国は現国王が貴族の行動にそれなりに目を光らせているから飢え死にまでするケースは少ないが、隣国のガルカ王国は酷いらしい。皮肉なことに一番状況が酷いのが国教であるテリウス教の神殿の直轄領と言うから、世の中狂っている。
宗教こそは人の常識と理性を麻痺させるこの世で最も危険な麻薬であると盗賊ギルドの長が以前言っていたが、正しくその通りな気がする。
だからこそ、宗教的な色合いがある禁呪への禁忌を完全に信じきれないんだよね。
ま、それは兎も角。
下町での禁呪と言えば子供や女が口にも出来ないようなひどい方法で殺されているのが発見されたということだ。
禁呪が人を闇へ誘うのかどうかは取り敢えず無視するとして、連続殺人鬼を捕まえなければ。
まず、長に聞いた死体の発見された箇所を見て回ることにした。
禁呪用の殺人となったら被害者の選択は無作為の可能性が高い。まあ、後で死体も確認して関連性があるかどうかもチェックするが。
3人目の死体が発見された時点で保安部も連続殺人鬼がいることに気がついたので、少なくとも死体は現状維持の術が掛けられているらしい。被害者の親族の誰かにでも調べてくれって頼まれたとでも言って見せてもらうかな。向こうも下町の事件に態々出てくる魔術師(卵だけど)はそれなりに重宝したいところだろうし。
図書館の棚にあった本によると、魔術を行う為の力を得るには神や精霊や悪魔に助けを求めるだけでなく、死を利用するという方法もあるそうだ。
人外の存在に助けを求める時は信仰なり祈りなり血なり魂なり、何らかの代償が必要になる。
ところが、命を無理やり刈り取る場合、これから続くはずであった生を自分の術へエネルギーとして流用することが可能なのだそうだ。
長が分かっているだけでも5人が既に殺されているらしい。
俺が読んだ本は何人の命でどのくらいの術が出来るかは書いていなかった。
術者の技能や被害者の生命力、術のタイプによってかなり左右されるから一概に言えないらしい。
病死や餓死の場合、死は生命力が消え去ったことの結果として生じる。
だから死体を動かしても何も見えない。
だが、禁呪で殺された場合は・・・もしかしたら搾り取られた生命力の残滓が残るかもしれない。
10日間で5人が殺された。
徹夜してでも今晩中に死体が遺棄された現場だけでも調べておかないと、何か出来る前に次の死体が発見される可能性はそこそこ高い。
明日の授業は・・・サボりだな。
下町の方で活躍する話にしようと思ったらダークな感じになってしまいました・・・。