148 星暦552年 紫の月 22日 魔術院当番(5)
「私は盗んでいません!お願いです、私の無実を証明してください!
奥さまは保安部には私をつきださないけど、クビにするとおっしゃっています。だけど、盗みを働いた疑いでクビになったメイドなんて、二度とまともなお屋敷では雇ってもらえません」
相談課のデスクの前でセイラに若い女が涙ぐみながら訴えていた。
雇い主のアクセサリーが無くなり、盗んだに違いないとメイドが疑われたという良くある話だ。
通常は保安部の方へ雇用主から話が行くのだが・・・今回は内輪で疑われたメイドをクビにすることで処理するつもりらしい。
メイドをクビにするぐらいのアクセサリーを盗まれたというのに、保安部へ行かない。
重要な書類が盗まれたと言うのならば、話を公にしたくないと言うことで内密に処理することは良くあるが、アクセサリー程度では『内密に』処理する必要は無い。
つまり。
多分これは濡れ衣なのだろう。
女主人が夫に内緒でおこずかいを得る為に宝石を売り、それを盗まれたと言っているのか、でなければ夫が手をつけそうな若くて奇麗なメイドに対する八つ当たりなのか。
「ただのアクセサリーが盗まれたのを見つけるのは、魔術を使っても難しいわ。残念だけど、別の街にでも引越して仕事を探してみてはどうかしら?」
ギリッ。
若い女の手の中でハンカチが捩じられた。
「無理です。今回の事件が起きた時に聞いたんですが、泥棒としてクビにされた後は絶対に仕事が見つからないんです。知り合いの伝手で別の屋敷で下働きの仕事を見つけても、いつの間にか変な噂が雇用主の耳に届いてクビになるんです。そして最後には娼館で働く羽目になるんです」
「娼館とは随分と話が飛ぶわね。別に、メイドでなくても店の店員とか酒場の給仕とかの仕事だってあるでしょう?」
メイドが首を横に振る。
「その娼館に若いメイドを紹介することで奥さまに礼金が入るんだそうです」
つまり、濡れ衣であることを重々承知で、このメイドの雇用主は若い女を態と娼館で働かざるをえないように追い詰めているのだ。
「・・・それは、聞き捨てならない話だわね。しかも、あなたが最初じゃないというの?」
「前のお屋敷から移る時に止めた方が良いって知り合いに止められたんです。今回のことが起きた時に聞いたら、そう言う噂が以前から流れているって・・・」
疲れたようにため息をつきながら、若い女が答えた。
一般市民にとって、魔術師も魔術院も、違う世界の存在だ。
いくら『誰からでも相談を受けます』と銘打っているとは言え、魔術院の相談課に来るのに勇気を振り絞ってきたのだろう。ここでも断られたら、あとは本当に娼館に行く羽目になる可能性はかなり高い。
「俺がちょっと遠縁の従兄弟ということで嫌疑を晴らす手伝いをするという話ではどうでしょう?見たこともないアクセサリーだったら、流石に雇用主の協力がある程度ないことには魔術を使ってもどうしようもないですからね。
・・・魔術院に相談したということは、現段階では表に出さない方がいいかもしれない」
今まで黙って聞いていたウィル・ダントールが初めて口を開いた。
セイラは若い魔術師をしばし見つめてから、頷いた。
これは、魔術院とは全く何の関係も無い話だ。魔術が不可避な訳でも、魔術が原因と疑われる訳でもない。報酬を払うのもこの若いメイドでは難しいだろう。
だが。
同じ女として、許しがたい話でもある。
また、成功すれば一般市民の間へのPR策としてはこの上なく、効果があるだろう。魔術院としては、一人でも多く才能のある若者に魔術師になってもらいたいのだ。
人口の過半数を占める一般市民から好感情を持たれるのはプラスになる。
「分かったわ。とりあえず、3日ほどかけて、何とかなりそうかやってみて頂戴。3日かけてもどうしようもなさげだったら・・・私の知り合いのところに紹介します。田舎になるけど、そちらに仕事の口を提供するわ」
ぶわっと女の目から涙が流れ落ちてきた。
「ありがとうございます!!」
「俺はウィル・ダントール」
ウィルが握手に手を差し出す。若い女は慌てて涙で濡れた手をスカートで拭き、その手を握った。
「ケイト・クレイゲートと申します」
「一応、親戚と言うことだからあまり堅苦しい言葉づかいはしなくていい。
ケイトのお母さんの従兄弟の甥とでも言うことにしておこうか?あまり関係が無いぐらいの方が、お互いの個人的な詳細を全然知らない理由になるし」
「分かりました」
「では、その悪徳ババアのところに行こうか、従姉妹さん」
にっこりウィルがケイトに笑いかけた。
ウィルは正義感が強いと言う訳ではないんですが、下々の人間が金持ちに悪用されているのを見て、同情しました。
さて。
魔術院当番の話も大分長引いてきちゃったんで、次回はちゃちゃっと事件を解決させちゃいたいところですねぇ・・・。