147 星暦552年 紫の月 21日 魔術院当番(4)
第3者の視点続いています。
「そういえば、去年の紺の月あたりに、人身売買組織が検挙されたの知っている?
なんでも、その時に特級魔術師殿の関係で手伝ってくれた若い魔術師がいたらしいんだけど、誰も詳しいことを知らないのよね。
心眼がずば抜けて優れていたらしいから、何かの際には私たちも手伝って貰いたいものだわ。若者同士、もしかして顔見知りだったりしないかしら?」
戻ってきた若い当番魔術師にお茶を淹れながらさりげなく尋ねてみる。
去年の事件は魔術院とて関係している。だから特級魔術師なり魔術院の上層部なりに聞けばその手伝ってくれたと言う魔術師の詳細は分かるだろうが・・・出来ればそんな風に話を大きくせずに伝手を持ちたい。
ちょっとしたバイト感覚で手伝ってもらう為に名前を知りたいので、お偉いさんには聞きにくいのだ。正式に紹介をしてもらおうとしたら話が大きくなりすぎる。
「心眼が優れていた、ですか?魔術師は基本的にみな心眼の能力を持つと思いますが」
小さく首を傾げながらウィルが聞き返す。
「魔力の大きさに個人差があるように、心眼の精密さにも個人差はあるわ。魔術院の相談課では、スケールの大きな魔力が必要な時に頼む魔術師はそれなりに揃っているんだけど、心眼の能力が必要な時に頼める人材はそれ程いないのよねぇ」
魔力と心眼とは魔術師になる為に必要不可欠な能力であり、魔術師は全員が持っている。
だが、魔術の行使には必ずしも関係ないことから心眼の能力は軽視され、これが優れた魔術師を探すのが実はそこそこ難しいのだ。
「去年まで魔術院にいましたが、学生の間で『ずば抜けて心眼が優れた』と話題になった人間がいたとは聞いていませんね」
お茶を飲みながらウィルが答える。
「まあ、猫の痕跡を『濃厚』と言うあなたなら、ずば抜けている部類に入るから、話題にならないのかもしれないわね。
そうだ、当番が終わった後でも、時々バイトに応じない?魔術院の知り合いを増やしておけば、後々昇級試験の時にも便利かもしれないわよ?」
若い魔術師の顔が、微妙な表情を見せた。
・・・警戒?それとも嫌悪?
何にせよ、あまり歓迎している雰囲気ではない。
「あ~。ペットととか失せ物探しとかなら暇だったら協力しても良いですが・・・。
警備兵にはあまり良い思い出が無いので彼らと一緒に行動するようなタイプの仕事はちょっと遠慮させてもらいます。下町出身なんですよ、俺」
セイラは下級とは言え、貴族出身だ。
殆どの魔術師は貴族もしくは裕福な商人や軍属の家系の人間が多い。貧しい下層階級では発現してきた子供の魔力を幽霊や魔物の力と恐れて子供を捨ててしまったりすることが多いのだ。
下手したら暴発する可能性もあることから、魔力があると知られた娘が嫁に来ることも嫌がられる。
これが軍閥や貴族だったら反対に歓迎されるのだが。お陰で魔術院の構成割合は実際の社会の人口比率とはかなり違ったモノになっている。
本人が隠しているだけで本当はもっと沢山いるのかもしれないが、下町出身の魔術師は本当に数えるほどしかいない。そういった人間のコメントを纏めてみた印象では、確かに下町の人間が経験する警備兵の態度というのはあまり良いモノではないらしい。
「嫌な思いするのだったら強制は出来ないわね。では、警備兵が関係しないような案件で普通に使い魔に頼むだけでは解決しないような問題があった時には、よろしく」
「暇だったら、ですよ?俺だって自分の仕事がありますからね。バイトよりも自分の正規の仕事を優先させてもらいますから、偶然仕事の合間だったりした場合のみ手伝います」
飲み終わったカップを下ろしながら、少し厳しめにウィルが答えた。
ちっ。
地味な雰囲気だったので押しに弱いタイプで強引に頼みこめるかと思ったのだが、そうでもなかったようだ。
話が進んでいない感じですねぇ・・・。
このまま終わっても面白くないから、何か相談課に事件を持ちこませないと。