146 星暦552年 紫の月 21日 魔術院当番(3)
第3者モードです。
新米に任せられるような簡単な仕事とは言え、魔術院のPR用の業務である。
ここで顧客を怒らせたりしては意味が無い。
だからそれなりに新人に任せるときには注意が必要だ。
まあ、このウィルという青年は魔術学院の同期の仲間と一緒にビジネスを始めたらしいので一般常識もそれなりに身につけているだろうが。
これが研究職だったりしたら・・・10日間、目を離すことが出来ないだろう。
4年前のとある研究職の魔術師の犯した様々なチョンボは未だに語り継がれているぐらいだ。
「では、初仕事をどうやって処理していくつもりなのか、教えて頂戴?」
過去の当番記録を見直していたウィルが書類を置いて立ち上がろうとしたのを見て、セイラが声をかけた。
「バランダ夫人の家に行って、そこから使い魔に猫の跡を追ってもらいます。家を特定するのに同行する必要がありますが、そこからは使い魔に任せておけば大丈夫でしょう」
若い魔術師の契約している使い魔は幻獣系が多い。
だから猫の追跡も人間がやるよりは向いているだろう。
・・・というか、人間よりも下手な使い魔は基本的にいないと言っていい。
よし、これは当たりっぽい。
基本的にペットや迷子の探索には使い魔を使うのが一番いいのだが、その答えにたどり着いた速さは中々のものだ。
「そうね、それが一番いいでしょうね。あなたの使い魔は何なのか、聞いてもいいかしら?」
「土竜です。それなりのサイズなので猫を取り押さえられるでしょうし、土の中を動くので変な騒ぎにならないので、猫を追いかけさせるのには向いていると思いますよ」
◆◆◆
「あら、もう帰ってきたの?」
昼食前に帰ってきたウィルを見て、セイラが驚きの声を上げた。
バランダ夫人の家はそれなりに魔術院から近いが・・・昼食前に帰れるとは思わなかった。
あの夫人は若い新米魔術師を捕まえたら噂好きなオバチャンのように只管情報を得ようとひっきりなしに声をかける。あれをこれほど早く振り切れるとは思わなかった。
「近かったですから」
「・・・夫人から逃げるのに失礼なことしてないわよね?確かにしゃべりすぎる人だけど、だからこそ怒らせたりしたら後がやっかいよ」
ウィルが首をかしげた。
「別に話しかけていませんから。面倒そうだったので敷地にも入っていませんし」
「だけど、何か猫のモノを貰う必要があったんじゃない?」
「まさか。あれだけ濃厚に猫の痕跡が残っているんです、俺のアスカならあっという間ですよ」
濃厚、ね。
猫サイズの動物の痕跡はそれなりに薄い。だからこそ普段使っている毛布などを借りてはっきりと痕跡の元を見せてもらうことになる。
それが『濃厚』とは。
一体どんな心眼をしているのだろう?
ふと、去年聞いた、ずば抜けてモノ探しのうまい魔術師の話を思い出した。
その若い魔術師が人身売買リングを潰すのを手伝ったというは噂だが・・・。
同世代なら、噂の彼のことを知っているかも?