143 星暦552年 紫の月 19日 街の酒場で
全く関係の無い第3者の噂話シーンです。
――赤い盾亭:近衛兵の溜まり場として人気のある酒場――
「おい、ダース、いい加減吐け!
この間のバアグナル家の逮捕劇にお前も参加していたんだろ?
何が起きた!」
近衛兵と言えば兵士のエリート。
普通の国軍の兵士や警備兵とは一線を画していると本人たちも周りも思っているが・・・ある程度の酒を飲んだ男たちの行動はどの世界でも同じだ。
ここでも一人の男が酒に口を軽くしていた。
「あ~?
あの事件かぁ。
良く分からないんだよ、俺も」
良い気分に酔っぱらったものの、緘口令のことはまだ忘れる程ではなく、ダースは適当に誤魔化そうとした。
とは言え、酔っぱらった頭で思いつく誤魔化しは全く役に立っていないようだったが。
「何が起きた。詳しく教えろ。噂ではバアグナルの若造が毎晩サバトを開いて悪魔と一緒にあんなことやこんなことをしていたとか、国王に成り替わろうとしていたとか、錬金術を習っていたとか色々流れているんだが、どうなんだ?」
空になったグラスにワインを注ぎながら別の男が尋ねる。
「サバトも錬金術も知らんなぁ。
確かに何人もの人が地下に捕らわれていたし、幾つかの死体が見つかったようだが・・・。
俺たちは捕まっていた人たちを助けたら帰るように言われたんだ。詳しいことは何にも知らんよ」
実際のところ、ダースは本当に何も知らないのだ。
上司から何の説明も受けずに『神殿長の命令に従って動け』とだけ言われ、神殿長からは『捕まっていた人を助けろ』としか言われなかった。
「特級魔術師が光と闇の神殿長と一緒に来たって本当か?この3人がそろったら、世界が制覇できそうじゃないか。他に誰がいたんだ?近衛の団長とか、国軍の将軍とかいたのか?」
向かいに座っていた同僚が好奇心いっぱいに尋ねてくる。
「んぁ?神殿長2人と特級魔術師と神殿兵だけだな」
「え~?神殿兵かよ。政府の官僚とかもいなかったのか?仮にも宰相の息子を逮捕しに行ったんだ、司法機関の人間もいてもおかしくないだろうに」
「ん~と・・・。ああ、あといたのは特級魔術師の従者だけだな。地味な服着た、どこにでもいそうな男だったぜ」
◆◆◆
――金の雄鹿亭:魔術院の傍にある為、魔術師の溜まり場として人気のある酒場――
「そういえば、先日バアグナル家の人間が禁呪に手を出したと言う噂ですね」
魔術師にとって、『禁呪』は一般人よりは現実に近い。故に気楽に話題に出来るものでは無く、酔いで口が軽くなってきたとは言ってもガレも声は抑えていた。
「らしいね」
話しかけられたファルバが短く答える。
「何か聞きましたか?どうも特級魔術師殿が活躍したとのことですが」
『話したくない』というファルバの態度を気にもせず、ガレが重ねて聞く。
ファルバは魔術院の事務職でそれなりに責任のある職に就いている。気になる噂の真偽を知っている可能性は高いだろう。
「実際に活躍したのは神殿の人間だったという話だぞ」
「ですが、神殿長達と一緒に特級魔術師殿も一緒にバアグナル家へ踏み込んだとか。
他に誰か魔術師の人間も同行したのでしょうかね?
幾ら特級魔術師殿が有能とは言え、禁呪を行うような人間のところへ一人で踏み込むなんて危険すぎると思いますが・・・」
「神殿長と一緒にいれば、一人とは言わないだろうが」
食らいついて離れないガレに半ばあきれながらファルバが突っ込みを入れる。
だが、悪い具合に酔っぱらって面の皮が厚くなっているガレには突っ込みの存在すら認識されなかったようだ。
「近衛兵と神殿兵だけで禁呪を抑えられるとも思えませんね。・・・噂では、近衛兵が誘拐されていた糧用の被害者達を助けている間にバアグナルの若いのは廃人になってしまったとか。
そんな素早い反応は神殿術よりも魔術の可能性が高いですよね」
「知らぬと言っているだろうが。第一、禁呪は口に出すべからずという規則を知らぬ訳でもあるまい。
幾ら酒場のこととは言え、魔術院で働く私にそんなことを聞かぬ方が良いぞ」
ぐいっとビールを飲み干しながらガレがぼやいた。
「私は謎とか未知というのが苦手なんです。靴の中に入った小さな石片のように、気になって気になって眠れなくなってしまうんです・・・。何でもいいから、教えてくださいよぉ」
ふぅぅぅ。
ファルバは深くため息をついた。
変な奴に捕まってしまった。
「神殿長が禁呪を破ったと私は聞いている。特級魔術師はもしもの時の戦闘要員として同行したらしいが、あの方によると光と闇の神殿長はいまだに神の奇跡を呼び出せるそうだ」
「奇跡・・・ですか。ある意味、魔術師に真っ向から対立する考え方ですよね。気にいられれば魔力も、知識も関係なしに人間には出来ないような偉業が出来てしまうなんて」
「あ~分かった分かった。不満があるなら魔術師を止めて神殿に行け。
別に、魔術師を止めなければ神の声を聞けないという訳ではないぞ。
魂を捧げるだけの信仰を見つけられればお前さんでも奇跡を呼べるかもしれん」
いい加減、嫌になってきたファルバは適当なアドバイスをして、勘定を払って席を立った。
「結局、神殿長達と特級魔術師の方しか現場にはいなかったのかなぁ・・・」
ガレがビールに向かって呟いているのをファルバは立ち去りながら耳にした。
「ま、歴史に残る人間はその3人だけだろうよ」
ちょっと、主人公がどのくらい世界に認識されつつあるのかを話にしようかと。
実は普通の人には『地味な、どこにでもいそうな男』と会っても思われているんですね。
第3者視点からの話をもう少し続けようかと思います。