140 星暦552年 紫の月 4日 幼馴染(2)
シャルロ君の視点が続きます。
――王都のラズバリー伯爵家の屋敷にて――
>>サイド シャルロ
「あら、シャルロ君じゃない!
お久しぶり、変わらないわねぇ」
母に頼まれた絵画集を持って訪れた僕をラズバリー伯爵夫人が迎えてくれた。
この女性も変わらないよなぁ。
ケレナの母上だけあって、元気に溢れたその印象は相変わらずだ。
考えてみたら、この闊達な女性にケレナは似ているんだよね。
ラズバリー伯爵婦人もケレナと同じで王家と姻戚関係を持って王宮のあれこれに巻き込まれるのを楽しむタイプとは思えないなぁ。
ケレナも、母君は別に彼女が皇太子妃になることを期待してはいないと言っていた。
親族の誰かが話を進め、母君は殆ど冗談のノリで合意したらしい。
「ラズバリー伯爵夫人も変わらずお美しいですね。
母によるとケレナは激変したとの話ですが、彼女は元気にしていますか?」
ラズバリー伯爵夫人の顔が少し曇った。
「まあ、ね。病気はしていないわ。
何か急に理想的な淑女のふりが上手になって面白いと思って喜んでいたんだけど、どうも『ふり』ではないみたいなのよね。
あんなに変わるような凄いショックでも受けたのか、ちょっと気になっているところなのだけど・・・シャルロ君は何か知らない?」
「いいえ。
僕が最後にケレナに会った時は、彼女はこの話を破談にする為の悪戯を色々と考えているところでしたから」
ふぅ。
夫人が小さくため息をついた。
「そうなのよねぇ。
いつまでも子供のように悪戯を企んでいるのも困ると思っていたのだけど、ああも理想的な淑女になってしまうと・・・わが子ながら、つまらない娘になってしまったわ。
こんなことを言ったら『勝手だ!』って怒られるでしょうけど。
怒ってくれるならまだいいのだけど、『何をおっしゃいますの?』と心外そうに言われそうで怖いわ」
うん。
そんな大人しいケレナなんて、知らない。
ラズバリー伯爵夫人も娘のことをちゃんと分かっているよね。
それなのに一体ケレナはどうしたんだろ?
「喧嘩をしたと言う訳ではないんですか?彼女はそれなりに意地っ張りだから長期的に『周りから見た理想的な自分』という仮面を被ることはやりかねないと思いますけど」
「私とは、してないわ。
夫は領地にいるからケレナの変身とタイミングが合わないし。
どこかのパーティで何か凄く傷つくことでも言われたのかしら?
・・・でも、誰かに傷つけられた報復だとしたら最後の詰めが怖いけど」
確かに。
家族との喧嘩で仮面を被っているならば最後には笑って終わると思うが、親しくない人間と何かあって普段の自分と180度違う自分を全世界に見せるほどの何かがあったのだとすると・・・最後の報復はちょっと常識を超えて怖いものになるかもしれない。
何と言ってもケレナだし。
8歳で、約束を破った兄の服を全部ピンクに染めたあの行動力と思い切りの良さは大人になったからと言って無くなるとは思えない。
「今、会えます?折角だからちょっと話していきたいんですが」
にっこりとラズバリー伯爵夫人が笑った。
「そうね、会ってやって頂戴。
多分今だったらバラ園を散歩しているところだと思うわ」
バラ園を散歩ねぇ・・・。
大人しく手の込められた庭園を散歩するよりは馬に乗って遠乗りに行くのが好きだったのに。
◆◆◆
「・・・ケレナ?」
メイドに案内されたバラ園に、若きレディがいた。
美しく着飾り、100人中99人が『美しい』と感想を持つような出来あがりになっている。
だけど僕には悪い冗談のようにしか見えなかった。
「あら、シャルロ。お久しぶりですわね。
お元気にしていました?」
ケレナがまるで他人のような挨拶をしてきたが、僕はろくに聞いていなかった。
『蒼流!!何これ!なんでケレナがこんなに気持ち悪いの??!?!』
美しく見えるはずのケレナは、まるで陰に覆われているかのように暗い何かに霞んで見えた。
気持ちが悪い。
『悪魔に憑かれているな』
悪魔???
蒼流の返事に思わず思考が止まる。
『悪魔って・・・そこら辺をふわふわ漂っていて誰かに取り憑くものなの?
ケレナみたいな元気な人間に取り憑くなんて、すごく大変だと思うんだけど』
『誰かに手引きされて、悪魔が意図的に憑依された状態のように見えるな。
元々悪魔はこちらの次元に召喚されずには存在出来ない。何らかの存在の『意図』が無ければ悪魔憑きという状態は発生出来ない』
精霊と人間の感性の違いには慣れているが・・・これはケレナなんだよ?
冷静に観察していないで、もうちょっと驚くなり困るなりしてよ!
「ケレナ・・・大丈夫?気持ち悪くない?」
思わず尋ねてしまった。
こちらが気持ち悪くなるような瘴気が滲み出てきているのだ。
本人も気持ちが悪いだろう。
「変なことを仰いますのね、シャルロ。私の加減が悪いように見えます?」
ケレナは可愛らしく首をかしげてみせた。
『本人は悪魔に制御されている。気持ちが悪くてもそうは答えられないぞ』
蒼流のコメントが心に響く。
許せない。
誰よりも自由なケレナを拘束するなんて。
しかも体と心を侵すなんて、絶対に許せない!
「蒼流!ケレナを助けて!」
思わず声に出して叫んでしまっていた。
「まあ、シャルロったら」
ケレナが空虚な笑いを浮かべる。
止めてよ。
ケレナを勝手に弄らないで!
『悪魔祓いは精霊よりも神の力の方が向いているのだが・・・。
奥にある池にでも連れて行って、落としてくれ。あれだけの水に囲まれれば何とか出来る』
蒼流の答えに、僕は気持ち悪いのを我慢してケレナの手を握って奥の池へ向かって歩きはじめた。
「ちょっと一緒に水辺を歩こうよ、ケレナ。
ここは冬薔薇の香りが強すぎて気持ちが悪くなってきちゃった」
「嫌ですわ、シャルロ。この寒いのに態々水辺に行くなんて」
ケレナを操っている存在は抵抗したが、『淑女』として行動している限り、僕が無理やり引きずっていくのに対抗出来ない。
ケレナが本格的に抵抗する前に、僕たちは池の前に来ていた。
「ヤメロ!」
思いっきり掴んだ腕を振ってケレナを池に振り落としたら、ケレナに憑いていた存在が抵抗しようとしたが、その瞬間に池の水が湧き上がってケレナを包み込んだ。
「シャルロ!何をしているの!!」
屋敷の方からラズバリー伯爵夫人の叫び声が聞こえた。
ケレナの様子が気になってこちらに出てきたところだったらしい。
「ケレナ!」
駆け寄ってくるラズバリー伯爵夫人を抱きとめて、池から引き離す。
「僕には水精霊の加護が付いています。絶対にケレナは死なせません。
だけど、悪魔を祓う為に水の助けがいるんで、もうちょっと待ってください」
僕にはウィルのような術回路の詳細まで視通せるような心眼の精度は無い。
それでも、圧倒的な精霊の気がケレナを包み込み、あの悪寒がするような陰をかき消して洗い流しているのは視えた。
「悪魔?!」
夫人があっけにとられたように僕を見る。
「禁呪の一種です。誰かがケレナを操る為に悪魔を召喚して取り憑けたんです」
ある意味、ラズバリー伯爵夫人が魔術になじみが無いことが幸いした。
却ってこれが魔術師だったら『何を突拍子もないことを言っている』と反発したかもしれないが、魔術になじみが無い夫人は『魔術師である』僕の言葉を信じてくれた。
長くなってきたのでここで切ります。
明日は・・・ウィルと合流かな?