133 星暦552年 紫の月 3日 呼び出し(1)
カン、キン!
カン、キン!
槌の音が鍛冶場に響く。
湯沸かし器も終わり、ここのところ休養日も働きづめだった俺たちは5日程休みを取ることにした。
アレクは1日ラフェーンと遠出に行ったものの、その後は書類の決済やら企画査定だかをしに実家へ通っている。
本当に働くのが好きだよねぇ、あいつは。
シャルロは実家に戻って初姪を可愛がりながら、集まった親族とノンビリ時間を過ごしているらしい。
俺と言えば、スタルノの鍛冶場で魔剣作りに再び挑戦中。
シャルロが発見した遮熱性の高い素材を一部利用することで刃先だけ放熱する魔剣を造れないかと思い立ったのだ。
ま、試してみたら硬度が全然足りなくってダメだったから現在試行錯誤中なんだけどね。
5日間で納得できるところまでいかなかったらまたおいおい続けていくつもり。
思うどおりの機能を持つ魔剣なんてそうそう作れるものじゃあない。
折角魔剣で金を稼がなくていいようになったんだ。時間をかけて拘っていきたい。
「ウィル!客だ!!」
スタルノが隣の部屋からどなる。
おや?
アレクかね?
シャルロは俺が家を出る前に実家に戻っていたから俺がここにいるって知らないはずだし。
「落とし物です」
見たことのない男が左手の薬指に穴のあいた手袋を俺に差し出した。
おいおい。
折角の休みなのにギルド召集かよ。
元々、後で一度挨拶に行こうとは思っていたが・・・召集されたら挨拶だけで済むとは思えない。
小さなため息を呑み込みながら手袋を受け取る。
カサリ。
中に何か入っていた。
「態々どうも」
銅貨を1枚握らせ、中に戻る。
歩きながら差し込まれていた紙を掌の中で開き・・・思わず足が止まった。
『学院長を連れて本部へ至急来られたし』
・・・は???
◆◆◆
「お土産です」
出かけていないかな?と期待しつつ寄ってみた学院長は部屋にいた。
いなけりゃ『急なことで捕まらなかった』と言い抜けが出来たんだけどなぁ。
仮にも特級魔術師を理由も分からずに盗賊ギルドに連れていくっていうのは、かなり嫌なんだが。
多分それなりに重大な理由があるんだろう・・・と思いたい。
「ほう、あの試作品か。そう言えば売りに出たと聞いたな」
「何でしたらコネで割引入荷出来ないか、聞いてみますよ?」
アレクの実家から差し入れられた箱入りのティーバッグを開けて中を眺めていた学院長が顔を上げた。
「何が欲しいんだ?」
信用ないね。
ま、確かに何か欲しい物がなきゃ後で微妙に怖いことになりそうな割引入荷の斡旋なんかしないが。
「俺も良く分からないんですが・・・ギルドの方から、至急学院長と来て欲しいと連絡が来たんですよ。
何分全く付随情報が無いので何と言って説得すればいいのか分からずこちらも困っているんです。
どうします?」
可能性は低いが、下手をしたら学院長の暗殺もしくは監禁目的ということもあり得なくは無い。
どこかほかの国がアファル王国へ攻め込もうとしているのだったら、一応現役と言えるだけの肉体能力を持った特級魔術師は前もって抹殺しておきたい対象だろう。
ただねぇ。
盗賊ギルドにとって戦争は商売の敵。国が平和に豊かになっている方が盗む対象も盗品を買う金持ちも増えるから、特級魔術師を害するようなことに参加するとは思いにくい。
・・・多分。
長ぁ~。
いくら情報の漏えいが怖いからってもう少し背景を教えて欲しかったよ。
もしも学院長を暗殺するって言うんだったら俺を巻きこまないで欲しいし。
もうこの際、学院長が断ってくれるのが一番良い気もするんだよなぁ。
何か早急に手伝ってもらう必要がある事態だったら式を飛ばして連絡するっていうことにして。
一応俺は学院長の好きなモノを差し出して同行を頼んだんだし。
断られたらどうしようもなかったよね?
うん、それが一番いいな・・・。
「分かった」
おっと。
長への言い訳を考えていたら学院長が席を立ち、コートを取り出していた。
あ~。
罠の可能性もあるからさ、来ない方が俺にとっても都合がいいんだけど。
「最近幾つか不穏な噂を耳にしている。もしもお前の知り合いが何か知っているのならば話を聞いておきたい」
「罠じゃないっていう保証はありませんが?」
「ま、一応用心している特級魔術師を捕えるだけの力がある相手だったらどれだけ警戒していてもそのうちやられるさ」
流石だね~。
何か、戦場で戦った男の自信みたいなものを感じるよ。
俺とギルド両方の為にも、長が変なことを考えていないことを切に願おう。
久しぶりに少しアクション系が続く予定。