1321 星暦558年 桃の月 20日 書類作業(13)
「ウィルは余剰資金の投資とかは……していないわよねぇ」
シェイラがこっちを見て尋ね始めたが、自分で答えを言った。
「折角稼いだ金を誰かに渡すっていうのは微妙だし、人に金を借りなきゃいけないほど商売が下手な人間に金を貸してそれを増やせるように助言できる自信もないからな」
腕はいいが商売が下手な職人に金を貸してやるのもある意味『あり』っちゃあ『あり』だが、その場合は投資と言うよりも、腕のいい職人へ敬意を表して、その職人の技術が失われないように補助しているって感じであり、金が戻って来るとは期待してはいけないだろう。
と言うか、借金をして利子と元本を払えるほど儲けるよう職人が頑張ったら、それはそれで熱意の方向が歪んでしまってがっかりな結果になりかねないし。
例えばノルダスのアチューラの婆さんや孫のスヴァンは金儲けを重視しないで、ギリギリ商売をやっていける程度に鍛冶と良い武器造りに重点を置いている職人だ。
のれん分けした表通りで『アチューラ』としてやっているおっさんの方は金儲けに舵を切った職人で、あっちの方が投資したら金は返ってくるだろうがあの店の武器はそこまで凄味のある魅力を持っていない。
代わりにスヴァンだったら投資しても質のいい炭とかに利益度外視で金を使いこまれちまいそうだが、出来上がる剣はどれもそれなりに素晴らしい物になるだろう。
……そこそこ職人の技に理解がありつつも損益の計算がしっかりできる女性とでも結婚したら、職人も良い感じに技術の追求と金儲けとを両立できる可能性もあるんだがなぁ。
もっとも、怪我をしたとか設備を突然更新しなきゃいけなくなったとでもいうんじゃない限り、そういうしっかりした奥さんがついている職人は投資なんぞ要らないだろう。
「う~ん、老後のために、一応お金を貯めておく方が無難じゃない?」
シェイラがちょっと不確かそうに言った。
「魔術師だからなぁ。
年をとっても固定化とかの術を建物に掛けて回るだけでも食うのには困らないと思うぜ?
もう少し若ければ、船に乗ってもいいし」
水精霊の加護持ちとなれば、どんな船でも喜んで大金を払う。
「まあ、そうよねぇ。
それこそ魔石に魔力を補充するだけでも贅沢をしないなら暮らしていけるでしょうし。
じゃあまあ、老後のための投資は必要ないとしても、資産を全部一つの銀行に預けておくのはダメよ?
どこか一つの銀行が潰れたら一文無しになるなんて状況にはならないように気を付けてね」
シェイラが別の助言をしてきた。
え~?
銀行って潰れないから金を預けているんじゃないのか?
とは言え、銀行の金庫から金を盗み出すのだってそれ程難しくはないんだよな。
考えてみたら、ガキの頃にはなんだって皆銀行から金貨を盗み出さないのか、ちょっと不思議だった。
もしかしたら銀行から金貨を盗み過ぎてそこが潰れたら、そこに金を預けていた連中に恨まれるから狙ってくる相手が多くなりすぎるってことで銀行をすっからかんにするほど狙わないのが常識なんだろうか?
イマイチそういう、裏社会の手を出しちゃいけない存在がなんで《《そう》》なのか、学ぶ前に魔術学院に入ったからちょっとそこら辺の暗黙の了解の理由を分かっていないな。
今度ついでがあったら長に聞いてみてもいいかも知れない。
「何か所も銀行に金を預けていたら、各銀行の残高を確認したりって大変じゃないか。
適当に宝石や金塊にでも変えて、どこかに埋めておくんじゃダメかな?」
家に隠し金庫を置いてそこに入れても無駄な気がしまくるからな。
基本的に目立たないところに埋めちまうのが一番だと俺は思っている。
そう考えると、海賊の首領が宝をどこぞの無人島とか人気のない森の奥とかに埋めた(多分)のも理解できるな。
「地面に埋めるって……そこら辺の犬が散歩の際に掘り起こしたらどうするの?」
シェイラが呆れるように聞いてきた。
「流石に犬が掘りだせるような浅いところには埋めてないよ。
とは言え、どこにいくら埋めたのか、記録を取っておかないと忘れそうだが」
金ってないと困るが、あっても色々と面倒だよなぁ。
取り敢えず。
金儲けは来年まで放置ってことだから、今年の残りは何か遺跡発掘で手伝えることがないか、聞いてみるか。
ウィルの工房近辺では『ここ掘れワンワン』すると運が良ければ金貨がじゃらじゃら出てきたりw




