1316 星暦558年 桃の月 12日 書類作業(8)
「何が原因だと思う?」
アレクが思わせぶりに俺たちに尋ねる。
収支と銀行残高変動の不一致の原因ねぇ。
「誰かに払った袖の下の費用か?」
事業の為に袖の下を払う必要があったのだとしたら、アレクの個人的口座から払うのは不公平だと思うがそれを国税局への収支報告に載せるのも微妙そうだ。
そうなると袖の下の金額は使途不明金っぽい差額になるんじゃないかな?
ある意味、俺の個人的な収支を個人の銀行残高の変動と付き合わせた場合に説明出来ない収入が大量に出てくるのと似たようなものだ。
工房用の袖の下だったら収入ではなく支出だけになるが。
「袖の下という名目では流石に国税局に報告できないが、大体そういう潤滑油的な行動と言うのは食事の接待とか贈り物で行うんだ。
接待って名目で費用計上するから違うな」
アレクが首を横に振った。
そんな接待なんてやっているのか??
食費の中に外食代って言うのも多少はあったが、ああいうのは俺たちが一緒に食べに出た時の費用だと思っていた。
「袖の下なんて払っているの?」
シャルロがちょっと意外そうに尋ねた。
「商業ギルドでも魔術院でも、何かの申請をした際に対応を早くしてもらうためにちょっと高級な食事処へ誘うというのも時間的な効率や手続きが遅れることによる機会損失とかを考えるとやる価値がある行動なんだよ。
ついでにちょっと情報を仕入れられたら次の開発なんかの際に参考になることもあるし」
アレクがあっさり答えた。
「なるほど~。
でもこれってアレクなら信頼するけど、他の赤の他人と事業をする時なんかだったら勝手に工房や事業体の資金を使って贅沢な外食とかされまくりかねないな?
食べた後に許さん!ってことで返金請求することなんてあるのか?」
袖の下なんて元々そう露骨に記述できることじゃないから、必要なんだと主張されたら反論しにくいと思うが。
「もっとちゃんと管理されたところだったら、基本的に接待の約束をする前に上司から誰をどこへ何のために連れて行って幾らぐらいかけて接待する予定なのかの承認を得ておいて、食事の後に食事処からの請求書を提出して最終承認を貰う形になるな」
アレクが言った。
「でもさぁ、袖の下なんて実際に頼んだことをやってくれなくても訴える訳にもいかないだろ?
だとしたら誰それをこういう目的のために接待に連れ出したけど相手に期待を裏切られた~と言って、実はデートの食事代に使ってたなんて事もあり得ないか?」
偶然その『接待』現場を目撃されない限り、連れ出した相手と違う人間が食事処で食べていたとしても、ばれないだろう。
「まあ、そこら辺はね。
上司と袖の下を貰った筈の人間が会話している際にばれたり、食事処から情報が流れたりってこともあるが確かに上手いこと接待費用を私的に活用する人間もいるらしいな。
ただ金を掛けているのに中々話が進まない場合は『あいつは無能』ってことで接待をする承認がおりにくくなるし、工房や商会内での権限がどんどん減っていくと思うぞ?」
アレクが言った。
なるほど。つまり、職場の金を勝手に使い続けるにはそれなりに成果を出せる、有能な人間じゃなきゃダメなのか。
有能なら職場の金に手を付けなくても自分でそれなりに稼げそうだけど。
まあ、上の人間が使えない奴でちゃんと仕事の成果に報わないとそういうことを遣るようになるのかな?
「それはさておき。
じゃあ、袖の下じゃないとしたら何が差額の原因なんだ?」
袖の下以外、あまり思い浮かぶものはないぞ?
「収支と銀行残高の変動の差額は主に家具や道具を買った費用だ。
この家を借りる際に工房の改修に掛かった費用も含まれるな」
アレクが工房内の家具や道具をぐるっと手で示しながら言った。
あれ?
確かにそういうのって費用に出てなかったかも?
「道具や家具って費用扱いにならないのか?」
工房の活動の為に買うのに。
「家具や道具はちゃんと手入れしておけば、いらなくなった時に売れるだろう?
だから収支という枠組みには入らないんだ」
アレクが言った。
「面倒だねぇ。
最初に買ったときに支出としておいて、もしも要らないとなって売ることになったらそれを収入にすればいいじゃん?」
シャルロが顔をしかめながら言った。
「そこら辺は国によっても扱いが違うんだが、アファル王国では中古として売れる物は故障して売れないことが確定するまでは費用ではなく資産扱いになる」
アレクが肩を竦めながら教えてくれた。
まあ、ウチの工房はまだしも、貴族の屋敷なんかは超高額な美術品とかもあるからなぁ。
ああいうのを領地の支出として認めていたら税金を取れる収益が少なくなりすぎるから、取り敢えず中古で売れる物は支出としては認めん!ってことなのかね?
勝手にそういう買った道具をちょろめまかして売る下っ端とかが居たら、工房や商会にとっては大損だが。
機密費として計上すればいいのかな?w




