1305 星暦558年 桃の月 2日 保存(25)
怒られそうな気もしないでもなかったので、敢えて前もって連絡せずにふらっと顔を出したにも関わらず学院長と会いたいと言ったらあっさり通されてしまった。
ちぇ。
学院長、実は暇なのかね?
「今日はどうしたんだ?
また何か王宮や軍部の上層部が頭を抱えそうな話でも持ってきたのか?
もうすぐ年末だから、出来ればこれから二月ぐらいは落ち着いて過ごしたいところなんだが」
学院長室に行ったら、冗談交じりに笑いながら学院長が聞いてきた。
もしかして、俺ってヤバい話を持ってくることが多いと思われてる??
ちょっと不本意な評価なんだけど~。
まあ、確かに盗賊ギルドとかが王宮に話を流すのに俺を使って学院長に連絡を取ることもあるけどさぁ。俺本人は無実だよ?
「あ~。
それ程な話でも、無い……んじゃないかな?
多分?
フェンダイ達に使われた呪器があったじゃないですか。
人間を眠らせて体の時間の流れを遅らせる魔具としての研究は手を出さないことにしたんですけど、普通に物の時間の流れを遅らせられて腐敗やカビを防げたら、保存庫の代替品として売れるかも? と思ってちょっと研究してみることにしたんですよ」
先に言い訳から始める。
ちゃんと王立研究所から睨まれるようなことはやってませんよ~ってね。
「ほおう?
確かに考えてみたら保存庫が人間にも使えたら同じような機能になりそうな気もしないでもないな」
茶葉を取りだそうとしていた学院長がちょっと意外そうに眼を丸めて手を止めた。
「怪我人や病人を保存庫に入れて出血や病気の進行を遅らせようとしないことを考えると、現行の保存庫は生きた人間を入れても役に立たないんでしょうけど。
呪器だから生きた人間にしか機能しないのかもとも思わないでもなかったんですが、実験してみないことには分からないからと、幾つかサンプルを東大陸で入手して実験をしているんです」
最初に保存庫が開発された時に、あれに生き物を突っ込んだらどうなるのかに関して、どんな実験がされたのかちょっと気になるけどね。
誰も何も試してないってことは流石にないとは思う。
というか、試していなかったにしても、それこそ犯罪組織の人間とかがその後に利用することを思いついて実験して、実用性があったら悪用しているはずだ。
裏社会に居た俺がその話を全く聞いていないんだから、生きた人間には使えないのはほぼ間違いない。
「おやおや。
呪器を持ち込むのは現時点では使わなければ厳密には違法行為とはされていないが、管理はしっかりしてくれよ?」
茶葉をポットに入れながら学院長が言った。
確かに呪器が盗まれて、管理責任的なものを問われたら面倒だな。
呪器とか悪用できそうな物に関しては、持ち出しが出来ないような結界でも工房に設置した方が良さそうだ。
「そうですね、気を付けます。
それはさておき、実はあの呪器って、心眼で視ていると使用中になんか微妙にモヤというか瘴気っぽい黒い細かい霧みたいのを漂わせるんですよ。
分解して試してみたら、魔術回路の中で独立して瘴気を発生させる回路が敢えて組み込まれているみたいなんですよね」
魔術回路を大きく拡大して描きだした図の写しを取りだしながら説明する。
「瘴気。
以前あの汚染された薪が出回って大騒ぎになった、あれと同じものか?」
眉を顰めながら学院長が尋ねた。
「まあ、あれのごくごく薄い奴ですかね。
流石に敢えて自分でそれを濃くして実験する気は起きなかったんですが、ああいう呪器とかがもっと入ってきた場合に瘴気を消す魔具みたいのが必要かと思って研究用にだけ作ろうかと思ったら、清早に瘴気を敢えて作ると精霊に嫌われると警告されまして。
あと、場合によっては健康被害がありうるし、精霊に壊される可能性もあるとのことです」
消すための実験用に瘴気を生み出す必要があるとしたら、精霊の加護持ちな俺達じゃなくて、それこそ王立研究所の誰かがやる方が良いだろう。
そういう連中がやっている間に瘴気に汚染されて変なことになったらそれはそれで問題だが。
「健康被害が出るのは困るが、精霊に嫌われるというのは更に大問題だな。
魔術回路のどの部分なのかは分かっているのか?」
俺が広げた魔術回路の写しを見ながら学院長が尋ねた。
「ここと、ここと、ここですね」
ペンで該当部分を丸く囲んでみせた。
「ふむ。
ちなみにその部分の魔術回路を切り離して魔具を作り直したらどうなった?」
学院長が尋ねてきた。
俺たちが実験することは想定内らしい。
「なんか普通に呪器として機能していた奴は効果が落ちたか無くなったっぽい感じでした。壊れていると言われて買ったけど辛うじて物に対して多少の遅延効果があるのは氷の解凍速度が遅いままな感じで、完全に壊れていたのを適当に魔術回路をそれっぽく修理してみたのは何故か腐るのが早くなった感じでしたね~。
今はレバー肉や桃が腐るかどうかとかを見て結果を推測している所なんで、実験結果が確定しているなんて全然言えない段階なんですが」
考えてみたら瘴気を出す魔術回路を抜いたやつではレバー肉と桃の実験に使っているからネズミを眠らせておいたらどうなるか、実験し忘れたな。
もうひとセット試作品を作って、生き物を眠らせた状態で入れておいたらどうなるかの確認をしておいた方が良さげだな。
「ふむ。
王立研究所の連中が瘴気に気付いているか確認して、どうするつもりなのか聞いておこう。
この魔術回路の図の写しはあ奴らに見せてもいいんだな?」
学院長が尋ねた。
「ええ、どうせ買った呪器の魔術回路ですから。
でもあちらで何らかの特許登録がされていた場合、それに違反しても我々は責任を取りませんよ?」
まあ、呪器が特許登録されている可能性は低いと思うが、一部が何か別の用途に登録されている可能性はゼロではない……かも?
実は実験でやってないことが色々とあった?!