1304 星暦558年 桃の月 1日 保存(24)
「そう言えば、ちょっとしたワインやエールでも少し寝かせると美味しくなるって話だから、超安物ではない少し高いタイプだったら一月とか二月寝かせる代わりにこの魔具を一週間ぐらい使ったら美味しくなるなんてこともあり得るかも?
タイミングさえ合えば、寝かせるのと同じ結果になるかどうかは不明だけど」
シャルロがクッキーの缶を取りだしながら付け加える。
「え、それでも一週間寝かせるのか??
結局試行錯誤にやたらと時間が掛るじゃんか」
面倒くせ~。
こう、せめて午後にテストを開始したら翌朝には結果が出てるぐらいの流れで確認を取れないのかな?
「チーズだって種類によるけど保存期間が増えて少し遠方まで売りに出せるようなタイプだったら1、2ヶ月熟成させるんだから、やっぱり最低でも一週間程度はかかるんじゃない?」
シャルロが『何を言っているんだ』という顔で俺に告げた。
マジか?!
「え、それじゃあこの魔具が実用に耐えうるかどうか分かるのって……かなり先にならないか?」
考えてみたら食べ物で今までにない魔具を使ってその熟成過程を弄るなら、食中毒とか起こさないかを確認するために先に動物実験でもする必要がありそうだ。
それ以前に、魔具の影響が及ぶ範囲に生き物が居て変なヤバい効果がないかの確認もまだやっている途中だけどさ。
「取り敢えず、発酵を促進する効果を出来るだけ高めて、それに使い道があるかの確認は外の酒造りの工房や畜産農家に投げればいいんじゃないか?
発酵を遅延させる効果の使い勝手の良さに関しては、まずは保存器よりも効果が高いか安上がりになるかじゃないと売れないだろうから、それを超えられるかが最初の到達点だし」
アレクが指摘する。
まあ、そうだな。
そんでもって効果を高めるためにはまずは魔術回路のどこで効果が出ているかを見つけ出して、何をやったらそれを高められるかなんだよなぁ。
「じゃあ、魔術回路を適当にぶつ切りしてその部分を二重にした場合に効果が上がるかをまず確認してみるか。
と言っても、効果そのものが目に見えにくいから中々困るんだが」
もっと露骨に劣化が目に見える物ってないかなぁ。レバー肉や桃もちょっと臭いが気になるかも?って状態になってきたが、気のせいと言われたらそうかもと思う程度ならレベルなんだよね。
「魚って腐りやすいから獲れても売りに出さずに捨てちゃうのってあるよね?
それを港から買ってきて実験に使うのはどうかな?
多分腐ったらそれだけ臭いが強烈になって分かりそう。
色が変わるのがあったら更に分かりやすくて良いと思うし」
シャルロが提案する。
「確かに、臭いで判断するのでは暫くすると鼻が馬鹿になって感じられなくなるかもしれないから、見た目が変わる方が良いな。
ちょっと港で漁師でも捕まえて聞いてみるか。
多分魚だったら冷やしたり乾燥させたりしなければそこそこ早く腐り始める筈だから、1日で露骨に違いが分かるようになるのもあるかも」
アレクが頷いた。
「やっぱ試行錯誤した際に効果が見て取れないとどうしようもないからな。
じゃあ、港に行って良さげな魚を探してくるか」
ネズミたちはどれも普通な感じだから、露骨にヤバい効果は取り敢えずなさげだが。
そう考えると、発酵を早めるような効果のある結界の中に入れたネズミってその分早く老い若死にするのかな?
食べる量が増えるとか、ガンガン食べさせないと痩せるとかと言った体の働きそのものが早くなっているのかはきちんと確認したいところだが。
ちゃんと機能している呪器の方が眠らせれば体の時間の流れが遅くなっているっぽいことを考えると、発酵を早める魔具は体の流れを早めて老化を進めるかも?
これもそう簡単には調べようがないが。
それこそ小さな植木鉢に適当な雑草でも植えて、それの成長速度でも比べるか?
「そういえば、呪器の瘴気が出る部分を何とかしないと精霊に嫌われるってことを王宮の研究所に伝えた方が良いだろう。僕たちが港に行って魚を漁って来る間に、ウィルは学院長の所に行ってそっちの話をしてきたら?」
シャルロが提案した。
あ~。
「実験したって言うのをどう伝えるか微妙なところだが、まあそこら辺を上手く誤魔化すのも学院長に任せるか。
一応ちゃんと機能している呪器の魔術回路を描きだして、ここらの部分が瘴気を生み出してるよ~と知らせれば良いよな」
王宮の研究所の連中だってそんなのは教わらなくても分かるだろうが。
「頼んだ」
アレクが頷きながら魔術回路を描きだした図を取り出して俺に渡してきた。
写しを作って持っていくか。
もう一度描きだすのは面倒だ。
雑草かキノコを生やしてその成長の度合いをチェックするのは良いかも?