1299 星暦558年 橙の月 26日 保存(19)
「あ、ちゃんと起動した」
氷の解凍が遅かった呪器と、普通に昏睡状態で体内時間の流れを遅くできるらしい想定通りな起動をする呪器との魔術回路を大きく区分けして書き出し、瘴気が出る部分を抜き取った試作品を元に試行錯誤で完全に故障していたと思われる呪器の修理も何とか外が暗くなるまでに終わった。
「氷の解凍速度がどう変わるか、この三つの試作品で試してみよう」
瘴気が出る魔術回路を削ったのだ。
下手をしたら元々あった機能がなくなってしまっている可能性もある。
「だね~。
明日にでもネズミ入りで実験するにしても、先に物の変化をゆっくりに出来るかは試しておきたいよね」
シャルロが頷きながら、手から水を生み出し、製氷用の箱に水を入れて氷を3つ作り出した。
「考えてみたら、氷の解凍だけでなくカビが生えるとか腐敗するとか言った変化が遅れるかも確認する必要があるな」
元々、保存用の魔具の改造版を作りたいのだ。
氷が解けにくい魔具が欲しい訳ではない。
もしかしたら温度変化をゆっくりにする機能があっても、腐敗やカビには影響がない可能性もある。それでは意味が無い。
「パディン夫人に直ぐにカビが生えちゃう食材と、腐りやすい食材とを聞いてみてサンプルを確保しておいてもらおう」
アレクが提案する。
「出来るだけ臭わないサンプルを要請してくれ。
ここが臭くなるのは困る」
というか、家の中が臭くなるのはどこの部屋でも困るし、パディン夫人にも嫌がられるだろう。
かと言って外でやるのは流石にちょっと条件が流動的になりすぎる。
ちょっとした突風で箱が倒れたり、枯れ葉が箱の中に落ちたりといったことでも実験の結果が変わるかも知れないのだ。
やはり無風で温度もある程度管理できる工房内の方が良い。
腐りかけた食材の臭いが染みついたら嫌だが。
「まあ、大抵の悪臭なら消臭 《デオドア》の術でなんとかなるだろ」
あっさり応じながらアレクが工房から出て行く。
細かいことに拘る体質なのに、臭いに関しては意外と無関心らしい。
「そういえば、こっちのネズミたちは一応全部健康?
起こして胡桃と水をあげて、明日の朝になってお特に違いが無いようだったら10日程でもこの試作品の所で眠らせて、10日後にちゃんと目覚めるかとか、目覚めた後に何か問題が起きていないかを確認するのもありじゃない?」
シャルロが提案してくる。
「だな。
誘拐とかに悪用される場合だったら10日ぐらいなら眠らせたまま生かして確保している可能性がある。
これでちょっと遅れて身代金が払われたのに、被害者が目覚めないとか目覚めた後に知能が劣化していたとかちゃんと歩けないなんてことになったら困る」
まあ、別に俺たちがそんな悪用出来る魔具を作るつもりはないが。
だが俺たちの魔具を想定外な方法で悪用出来てしまうなんてことを裏社会の連中が気付いて利用した際に、誰かが死んだりしたら困るから、最初から変な副作用が無いように確認しておかないと。
「実験は必要だけど、理想としては食材や薬とかの劣化が遅れるが、人間にはほぼ影響がない魔具になってくれると有り難いんだが。
生きている存在には効かないような安全装置的魔術回路を組み込めないかな?」
台所から戻ってきたアレクが付けくわえる。
そうなんだよなぁ。
生き物相手に効果がないように、どうやったら改造できるかが問題なんだよなぁ。
人間や生き物が中に居たら起動しないっていうのはちょっと方向性が違うからなぁ。
「それこそ昇降機の安全装置の様に脈を打つ心臓が中に入っていたら起動しないっていう形にするのもありかも?」
死んでいれば腐敗を遅らせるという効果は、それこそ遺体の葬儀が遅れる場合なんかにも利用出来て喜ばれるかもだし。
まあ、態々金を出して高い魔具なんぞ買わなくても、魔術師に遺体を氷漬けにして貰う方が安上がりだろうが。
取り敢えず。
ネズミを昏睡状態にさせずに腐敗やカビを遅らせてくれる効果が欲しい。
王宮に研究所はヤバい悪用対策をちゃんとするんですかね〜?