1296 星暦558年 橙の月 26日 保存(16)
「ネズミ、持って来たぜ~!」
ネズミたちの餌用に追加で胡桃を入手しに台所へ行こうかと立ち上がったら、ちょうど隣家のガキがウチの敷地に箱を手に持って入ってきたのが目に入ったので工房から外に出て受け取りに行った。
玄関からネズミを運び入れるよりも、工房へ直接運び込む方が良いだろう。
ネズミはパディン夫人(事務職員役の女性たちも)に想像以上に嫌われている様なので、数を増やしている場面を直接見られない方が無難だ。
「おう、ありがとうな。
ちょっと暫くは昨日のと今日のネズミで実験をすると思うから、次に必要になるのは数日後になる。
必要になりそうになったら前日にでも言うから、それまでは追加で捕まえずに待っていてくれ」
ネズミを受け取りつつ言っておく。
考えてみたら、次々と実験でネズミが死んでいくならばどんどんネズミを捕まえてきてもらう必要があるが、毎日実験の終わりにネズミを殺すっていうんじゃない限り次のネズミが必要になるまで数日はあくからな。
明日は必要ないだろう。
想定外に実験が致死的じゃない限り。
「え~、そうなの~?
もっと頑張って捕まえられるぜ?」
俺が渡した銅貨を器用に手の平から消し去りながら、ガキが上目遣いにこちらを見る。
美女ならまだしも腕白坊主に上目遣いですり寄られてもあまり効果はないぞ?
「もう少し待ってくれ」
工房にネズミを運び込み、今日の新入りと、昨日からのネズミたちも取り敢えず眠らせる。
「昨日からのは足に紐を結んで見分けが作るようにした上で、全部眠らせるんで良いよな? 一応術を解除しなくても通常だったら半日程度で勝手に目覚めるぐらいな出力にしておいて、もしも今日はずっと眠り続ける様なら明日に睡眠を解除して様子見ってところだよな?」
寝続けているなら胡桃はいらないが、勝手に目覚めた場合は飲食したがるかもだし、そこは自由にやらせておきたい。
呪器の効果がちゃんと本来通りに機能するのだったら、フェンダイ達みたいに呪器と睡眠の術を合わせればひたすら寝続けると思うのだが。
保存庫に眠りの術を延長させる効果があるかは不明だ。
「起きた後にもう一匹の方にちょっかいを出さないように、箱は区切りをつけて2匹がお互いに攻撃とかできないようにしよう」
シャルロが提案する。
「で、待っている間に色々と魔術回路を変える実験をしたいところだが……効果があったかどうかとか、危険な副作用があるかを目に見える形でテストしにくいのが困るよなぁ。
まあ、俺たちが眠くなったり頭がふらふらしてきたら危険だという事で、そこら辺を常に意識しておくしかないかな?」
こまめに休憩を取って呪器の魔術回路から離れるようにしたら、変な効果があっても気付くのが早くなるかも。
「そういえば、呪器は薄暗いもやみたいのが薄っすら傍に漂うって言っていたよね?
それが無くなるようにまずは魔術回路をあちこち切って実験してみないか?
効果が無くなってしまう可能性もあるだろうが」
アレクが提案する。
「あの薄暗いモヤって瘴気で、溜まり過ぎると魔獣の発生に繋がりかねないヤツだよね?
少量だったらそれ程害がないにしても、長期間使うかもしれない魔具から瘴気が出てくるとなったら使用者や置いてある場所の傍にいるネズミやペットに悪影響が出かねないからね。
まずはあのモヤが出てくるのが魔術回路のどの部分の効果なのかを実験して確認しよう」
シャルロがアレクの提案に賛成した。
「だな。
モヤが出なくなったら魔術回路そのものが機能しなくなる可能性もあるが……まあ、試行錯誤で色々試してみよう」
ちゃんと機能している方の呪器の魔術回路を大きめに再現した上でバラバラにして繋ぐ形にして、各箇所に魔力を通した時にモヤが出てくるか、順に試していこう。
擬似冬眠中なネズミを大量生産?