1293 星暦558年 橙の月 25日 保存(13)
「明日は砂を下に敷いて、お皿に水を入れたの中に入れよう。
今日は取り敢えず水と胡桃だけ入れて、最後に箱を水洗いするしかないな」
アレクがちょっと諦めたように箱を眺めながら言った。
確かに、今から砂を入れるのは厳しいよなぁ。
というか。
「明日まで待つなら、おがくずでも大工のおっさんの所から貰ってきて敷く方が砂よりも水分を吸っていいんじゃないか?」
砂は実験用の素材としてある程度工房にある。だが今日はもう諦めるんだったら、保水力の少なそうな砂よりもおがくずの方が良いだろう。
「だね。
ちょっと声を掛けてくるよ」
さっとシャルロが工房から飛び出していった。
「素早いな~。
もしかして、ネズミを飼ってみたいとでも思っていたのかな?」
動物が好きそうだし、前回のケレナの職場での実験の時も仔犬のことを蕩けそうな目で見ていたが。
でも、この実験はネズミの健康に差し支えそうだし、問題が起きなくても最終的にはネズミを殺さないと……多分庭に放したらパディン夫人や近所の女性陣から怒られるよな??
「ネズミは女性陣に人気がないからな。
ケレナに許されないんだろうね。
動物が好きならば犬でも飼えばいいと思うが」
アレクがちょっと首を傾げながら呟いた。
確かに。
それなりに大きな屋敷に住んでいるんだし、使用人がいるんだから遠出する時も面倒を見てもらえるんだから犬を飼えばいいのに。
「……もしかして蒼流が嫉妬するとか?」
妻や子はまだしも、犬はダメなのかな?
「いや、流石に愛玩動物と精霊とじゃ比較対象にもならないだろう。
ケレナが何かの理由で嫌がったのかも?
職業犬系が好きで、家でただ可愛がられるだけの愛玩犬が嫌いだとか」
アレクが俺の言葉を笑って否定した。
まあ、そうだよね。
「狩猟犬とか牧羊犬とかって年をとったら引退する時に、飼い主にそのまま可愛がってもらえるのかね?
貴族ならまだしも、平民の狩人じゃあ弱った犬を食わせてやる余裕があるかは微妙な気がするが」
そういう捨てられそうになった犬をケレナが引き取るんじゃ駄目なのかな?とも思ったが、考えてみたらケレナたちが躾けて売っている動物達は基本的に貴族や金持ちな平民相手なのだ。
年を取った犬を面倒見れないような貧しい平民とはあまり縁がないか。
「まあ、そのうち暇な時にでもシャルロに聞いてみよう」
走って戻ってきたシャルロを見てアレクが話を打ち切った。
家の中のプライベートなことだから、微妙に聞くのにも気を使う必要があると思ったのかな?
だとしたら、取り敢えず俺は口を出さないようにしておこう。
デリケートな話題は苦手だ。
「あ、パディン夫人に水を入れる小皿と胡桃を貰ってくる」
殻に入ったままの胡桃の方が齧り甲斐がありそうだが、あるかな?
場所を取るからさっさと砕いてしまいそうだが、多分殻に入っている方が新鮮さを保ちそうではあるよな。
「あ、ちょっと実験に使うから、ネズミに飲ませる水を入れるお小皿と、胡桃を4つほど貰えるかな?」
台所で働いているパディン夫人へ声を掛ける。
「ネズミ、ですか??
水を与えるよりも、さっさと殺してしまえばいいと思いますが」
ぎぎぎ、と振り返ったパディン夫人が無表情に聞き返してくる。
包丁を握る手に力が入っていて怖いぞ。
「いやまあ、実験中だから。
終わったら殺すけど、取り敢えず今日の夕方までは健康に問題がない状態を維持して試している魔具が生き物を害するか、確認したいんだ」
ネズミって水絶ちするとさっさと死ぬのかな?
それともしぶとく生き残るのか。
微妙に不明だが、取り敢えず餌と水は与えておいて、弱る理由がない様にしておきたい。
「絶対にそれらを逃がさないようにしてくださいよ?」
渋々と胡桃を取りだしながらパディン夫人が言った。
「ちゃんと結界で覆って工房の実験スペースから出られないようにしてあるから、大丈夫!」
これで逃げたら責任問題になりそうだ。
近所のおっさんだってネズミを放したら怒りそうw