1290 星暦558年 橙の月 25日 保存(10)
結局、ゼリッタでは呪器のサンプル3つと何枚かの生地や食器を買って帰った。
かなり高かった象牙は特に誰も欲しいと思わなかったので買わず。
俺はちょっと賑やかな色のポットとマグをシェイラへの土産用に買ってみた。
使っている間に割ってしまう可能性が高いだろうが、シェイラが気楽に発掘現場のテントで使ってもいい程度な値段だったし、カーテンよりは現時点では実用性があるだろう。
自分用にもマグを確保してある。はっきり目立つ色で、そこそこ大きいので工房用に使う事にしたそれをお茶を準備し始めたシャルロに差し出した。
「取り敢えず、サンプルで買った呪器が保存庫よりマシな効果があるか確認するために、効果範囲内に氷でも入れて溶ける時間を比較してみるか?」
「そうだね~。何か物が腐るとか黴が生えるまで待つのは時間が掛りそうだし、黴た物を部屋の中に置く羽目になるのも微妙だもんね。
ちゃんと風通しを良くして部屋の気温がうっかり部分的に下がって実験の精度が損なわれないように気を付けなきゃだけど」
シャルロが俺のマグと残り2つのマグにお茶を注ぎながら応じる。
シャルロはカーテン(じゃなくてもいいんだろうが)生地を家用に、そしてマグを工房用と家用に買っていたから、ちょっと荷物が多かったが、やっぱ3人でそろって似たような魔具を使う方が良いよな。
アレクは魔具の他に皿や生地を色々と買っていたので一番荷物が多く、王都に戻った時に少し顔が青くなっていた。まあ、ゼリッタと王都の間で飛ぶ際に持てる荷物量がはっきりしたから、限界を知れたのは良かったのかも。
でもあれだと、人を連れての移動はかなり制限されそうだ。
「温度計で室温を確認しながらやろうか。
氷で効果が確認出来たらそれこそカビや腐敗にも効果があるかを確認できるし。
いや、その前に生き物に効果がないことを確認した方が良いから、ネズミでも使って調べるべきか?」
アレクがマグを受け取りながら言う。
「そういえば、一応2つは不良品の筈だけど生き物に絶対に効果がないとは限らないか。
残りの一個は効果がある筈だが……どういう使い方をしたら影響があるのか微妙に不明だから、取り敢えずまずはネズミでも一緒に箱に入れてみて、それで眠らせるとか動きを止める効果があったら次は体の半分だけを範囲内に入れる感じで確認してもいいかもだな」
保存庫的な使い方をするなら、流石に中に人間が体全体を入れることはないだろう。そして入れてしまったにしても、フェンダイとかに対する使い方を見るに悪用は出来るにしても極端に健康被害はない筈。
却って体の半分とか腕だけが停止状態になるような場合に変な影響が出ないかの方が心配だ。
「ネズミを範囲内である箱の中に入れるのは簡単だけど、体の半分だけしっかり範囲内に入るように固定するのって難しそうだね」
ちょっと微妙な顔でシャルロが言った。
ネズミを机の上にでも磔にして固定する羽目になることを想像したのかな?
「眠らせて、目覚める前に棒にでも縛り付けて固定すればいいんじゃないか?」
ネズミの拘束に慣れるまではうっかり逃げられたりする可能性もあるが。
そう考えると、実験スペースの周りに結界でも張って、うっかりネズミが逃げて棚の後ろとかに紛れ込まないようにした方が良いかもだな。
食糧保存庫に俺たちが実験用に持ち込んだネズミが逃げ込んだりしたら、あとでパディン夫人に怒られちまう。
「ネズミで大丈夫だったら次はもう少し大きい猫か犬でも使って腕……というか脚だけとか頭だけ範囲内に入ったらどうなるかも確認した方が良いかもだな」
顔をしかめながらアレクが言った。
アレクは猫も犬も好きだからな~。
「う~ん、潰す前の豚とか鶏で試さない?
やっぱ猫や犬ってかわいがっている人が居るからうっかり何かがあって死んじゃったら気まずいよ」
シャルロが意外と冷徹に提案した。
流石領地育ち。
豚や鶏を潰して食べるのも日常生活の一環だったのか?
侯爵家のお坊ちゃんがそんなのを直接見るとは思えないが、意外と農場とかにも顔を出していたようだからなぁ。
勝手に屠殺する現場にも紛れ込んでいたのかも?
過保護な蒼流が屠殺場面にシャルロを近寄らせたというのは意外だが……考えてみたら、精霊にとっては食べるための食材を殺すのは当然な生命の循環の一部であり、シャルロをそれから引き離す必要性は感じなかったのかな?
「そうだな、その方が楽かも知れない。
取り敢えず、ネズミを捕まえるよう近所のガキたちに頼むか」
昨日の晩は帰った時にもう子供が出歩いている時間じゃあなかったから、頼み損ねたんだよね。
今朝起きて直ぐに頼んでおこうと思っていたんだが、忘れていた。
鶏って首を切り落とした後でもちょっと動くらしいから、豚の方がいいかな?