1280 星暦558年 橙の月 23日 保存
「呪器は王立研究所で研究するからそれ以外の人間が手を出すと罰せられるか……王立研究所で働けって言われるかもだってさ」
前日に聞いた学院長からの話を、朝食後のお茶を飲みながらシャルロとアレクに報告する。
「そっかぁ。
あの呪器って時間を止めるような効果があるみたいで、面白そうと思ったんだけどなぁ。
でも王宮と揉める気はないからね。研究は諦めよう」
シャルロがちょっと残念そうに溜息を吐きながらクッキーの缶を開けた。
「病人に使えるかもとはいっても、下手に死ぬ間際の人間を延命できてしまう手段があると……普通に人を死なせてあげるべきか取り敢えず延命すべきか。延命した場合の遺産相続はどうするのかという様な点が議論の対象になったりして問題も起きそうだから、手を出さないのはそれはそれで正解じゃないか?」
アレクが指摘する。
なるほど。
あの呪器はかなり効率的で魔力消費が少なそうに見えたが、それでもずっと動かすには魔力の充填が必要だし、使い続けていたら壊れるだろうから買い替える必要もある。
死にかけた人間を寝かせておくベッドと寝室だって必要だし。
経済的な負担を考えると、一概に延命すべきとは言えないよな。それに、怪我とか肺炎程度でしっかりした医療設備に連れて行くまで一時的にだけ延命すればいい場合だったら『意識不明で昏睡状態、でも生きている』扱いでいいと思うが、治療法がない病気で未来に発見されるかも知れない治療法に賭けて延命する場合は実質死んでいる扱いをすべきだろう。
でも、その場合でもあと半年程度で治療法が確立されそう!みたいな場合はどうするかとか、悩ましい問題になりそうだし。
普通の平民には緊急事態以外で長期に延命用の魔具(もしくは呪器)を使うのは無理だろうが、貴族や豪商だったら老衰以外の死に方だったらいつの日か何らかの治療方法が確立されるのを期待して、死ぬ間際の瞬間をひたすら引き延ばすなんてことをするべきだなんて話になりかねないか。
家族が普通に老衰で死んだのに、中年時代に病気や怪我で死にかけた人間だけが見た目だけ比較的若い様相でひたすら寝て命を繋ぐなんて状況になったらなんとも皮肉なことになる。
うっかりしたら忘れられた親族が使われない部屋からミイラ状になって出てくるとか、大きな魔石を使っていて魔力の充填間隔が長い場合はミイラにもならずに寝たまま発見されるなんてことが起きる可能性だってある。
うん。
誘拐以外での使い方にもちょっと問題がありそうだから、あれは安易に世に出さない方がいいかもだな。
「思ったんだけど、人間に対する使い方は諦めるとして、物を保存出来たら便利じゃないか?
人間を相手に使うと呪詛っぽくなるけど、物が劣化しないように使ったら普通の魔具にならないかな?」
物を呪うってあまりない気がするし。
「食べ物とかをか?
保存具や冷蔵庫や冷凍庫が既にあるから、今更呪器を改造した保存用の魔具を開発してもあまり売れないんじゃないか?」
アレクが指摘する。
「いや、思ったんだけど本や書類がボロボロにならないようにするとか、絵の色が褪せないようにするって感じで保存や時間経過遅延の術を物や範囲に掛けられたら便利じゃないかな?
まあ、図書室に掛けた場合にそこへ人間が入ったらどういう影響があるのか要確認だが」
でも、食事用の保存庫に手を突っ込んでも別に害はないのだ。
短期的に似たような空間へ人間が入り込んでも大丈夫なんじゃないのか?
大きな食糧庫なんかは部屋が保存庫みたいな使い方をしている筈だし。
「保存庫の術を本や書類や絵画に使うのか?
そこまでして書類を保存したいかは微妙な気がするが」
アレクがちょっと眉を顰めながら言った。
「でも、本を良い状態で維持する魔具はあったら喜ばれるよ〜。
下手くそな魔術師が固定化の術とかを掛けると本のページがくっついちゃって読みにくくなるんだけど、術をかけないとうっかりすると本の文字が褪せたり、虫に食われたり、ネズミに齧られたりするから。図書室の本を守るのって大変なんだよね~」
シャルロが俺の案に賛成した。
「保存の術か、停滞の呪詛かは不明だが、何か人間には効果がないけど物の劣化を防げる術や魔具を作れないか試すのはいいかもだな。
書類なんかを倉庫や地下室に保管して、後から確認しようとして読めないような状態になっていることも確かにあるし。
範囲結界的に使えたら別荘や空き家に使うというのもありかもだし。
とは言え、魔具をずっと動かし続けるのは魔力消費的に厳しいかも知れないが。そこも何か工夫できるかもだし、取り敢えず研究してみるか」
アレクが頷く。
まあ、どれだけ上手くいくかは不明だが、試してみよう。
眠れる森の……おっさん?!