128 星暦552年 赤の月 9日 閃き?
術回路に魔力を通す。
どのくらい加熱したかを見るために水を1滴垂らしてみるが・・・。
しばし何も起こらず。
やがてゆっくりと湯気を出し始めた。
いくつも術回路を重ねればお風呂を沸かすの程度になら使えるかもしれないが、お茶用のお湯には無理だな、こりゃ。
「だぁぁっ。これも駄目!」
うう~む。
新しい術回路を作るのは本当に難しいぞ。
まあ、意外なことに特許切れした古い術回路にそれなりに出力の高いものがあったからそれを使ってもいいのだが、出来れば新しい術回路を作るコツを学んでおきたい。
シャルロが膨張率の高い素材を探している間に、アレクと俺とはとりあえず各自の理論に基づいて色々試しているのだが、結果はイマイチ。
特に出来の悪い特許の術回路よりはましなものも幾つかは出来たものの、出力の高い特許切れのモノに勝る術回路の発見は出来ていない。
うう~む。
以前ランプの術回路を見た際には安物の術回路の方が単純だったから複雑な方が出力が高いのだろうと思ったが、特許が申請された術回路を全部試してみたところ、必ずしもそれが当てはまらないケースもある。
はっきり言って、何が出力の違いの原因になっているのか、分からん!
「とりあえず、お茶だ!」
俺には気分転換が必要だ。
「今度はどんな形を試すの~?」
シャルロが山積みされた金属片から顔を上げて尋ねてきた。
ここ数日、俺たちはティーバッグの最適な形を見つけ出せないか、色々試している。
シェフィート商会の方で本格的なリサーチをしているだろうが、まあストレス解消のいい気分転換になるし、俺たちが自分のお茶を入れるのに手軽になる。
最初に試してみた四角い袋にぎゅうぎゅうに茶葉を詰めたのがかなり微妙な結果に終わって以来、袋の形や茶葉の量を変えて色々試している。とは言っても、まだばらの茶葉ほど美味しいものは発見できていないんだけど。
「さっきパディン夫人に聞いたら、お茶って言うのは茶葉を躍らせると美味しく出来るらしい。だから茶葉が自由に動けるように立体的な形を考えてみた」
「踊る?」
アレクまでもが会話に参加してきた。
ははは。皆いい加減疲れてきたんだね。
「湯を注ぐと、ポットの中で対流が起きているだろ?あれが茶葉を上げたり下げたり動かすのが踊っているように見えるんだよ」
まあ、一番問題なく茶葉を動かせるのはポット一杯のサイズの袋に茶葉を入れることなのだが、それをすると袋の生地代が高くなる。
なので大きな三角形のガーゼを折り曲げて各辺を縫い合わせることで立体三角形を作ってみた。
これで袋がぺちゃんこにならないし、それなりに茶葉が自由に動くはず。
「おりゃ」
ティーバッグとお茶をガラスのポットに入れて観察する。
このティーバッグ作りのために作ったガラスのティーポットは取っ手が熱くなるという欠点があるのだが茶葉の動きは良く見える。
「お、いい感じに色が出ているじゃないか」
アレクが近寄ってきた。
「ついでにクッキー取ってくるね」
シャルロは台所へ。
普通に茶を淹れるときぐらいの時間で注ぐ。
「お。いい感じじゃないか」
「本当だ」
アレクとシャルロの感想に期待を抱きながら俺も飲んでみた。
・・・うん。
悪くない。
「後でパディン夫人と茶好きな学院長にでも試してもらって、お墨付きが出たら技術院に特許申請をしてからアレクの母さんに売りつけるか」
「どう作るんだい?立体3角形なんて難しそうだが。あまり作るのに手間がかかると商業的な利用は難しいぞ?」
アレクが現実的な心配をしてきた。
「実はこれは意外と簡単だ。大き目の三角形を折り曲げてその3辺を縫い合わせるだけだから。実際に売り出すときは一辺を木のピンででも留めればいいんじゃないか?」
試作のときに切り出した3角形のガーゼを取り上げ、3辺を簡単に接合して立体三角形を作ってみせる。
「素晴らしいな」
アレクがそれを見てつぶやいた。
「これなら作るのも簡単だし、生地にも無駄が生じにくい。後でパディン夫人に試したら、ウィルが学院長に試飲させている間に私とシャルロとで技術院へ登録しに行って来ようか?」
「ああ、頼むわ。俺が行ったんじゃあそれこそ技術院の職員にアイディアを横取り申請されそうだからな」
ふむ。
お茶というのはまとまっているよりもある程度自由に動き回れる方が味が出るのか。
・・・魔力ももしかして同じように、ある程度動き回る必要があるのだろうか?
直線よりも曲線をふらふらした方がいいのか、試してみよう。