1279 星暦558年 橙の月 22日 ちょっと寄り道(18)
「今度は海賊船を見つけたんだって?
折角の細工机を蹴り壊したって歴史学会の連中が発狂していたと聞いたぞ」
東大陸で見た呪器のことで王宮がどういう扱いをすることにしたのかちょっと気になったので学院長に話を聞けないかと来てみたら、からかう様にあの航海士(多分)の部屋にあった引き出しのことを言われた。
「ちゃんと木工細工の得意な職人に頼んだら、ほぼ元通りに直りましたよ。
元々、水で歪んで開かなかったんだから修理が必要な状態だったのは変わりなかったんだし」
誰だ、俺のやらかしを王都中に広めているのは。
「水や年月で歪んだ引き出しを少し削って修正するのと、完全に蹴り割ったのを修理するのでは大分と違うだろうに。
まあ、船そのものを持ってくる気が無かったのだから持ち帰る意思のなかった家具を壊すのを躊躇しない気持ちは分かるが」
学院長が俺に席を勧め、お茶を淹れる準備をしながら言った。
「俺たちの屋敷船に手作業で移せる程度にしか物が無かったんで、船を持って帰ってくる必要性なんかないと思ったんですけどねぇ。
何故か皆から怒られまくりました」
今の船に比べれば速度もバランスも悪いだろうに。
でもまあ考えてみたら、骨董品に大金を出す金持ち連中は古い物の歴史や希少性に価値を見出しているんだから、船にあったしょぼい家具とかだって希少性と言う追加価値が付くんだろうな。
「海賊船だからねぇ。
普通の商船だったら学者連中もそこまで夢中にならなかっただろうが、言うならば彼らはいつまで経っても大人になりきれてない少年のような連中なんだ。
沈没船に詳しい学者が海賊船に夢中にならない訳がないだろう」
ポットにお湯を注ぎながら学院長が指摘した。
大人になりきれてない少年ねぇ。
確かに、ツァレスもハラファも落ち着いているとは言えないか。
あのタルナブ教授ですら、見た目はジジイなのに言動は海賊に夢中な感じだったしな。
シェイラは流石にそこまでガキっぽくはないが……でもまあ、金儲けを面白くないと切り捨てて遺跡発掘に打ち込んでいるんだから、大人になりきれているとは言えないか。
打ち込む対象を金儲けに限定する事が『大人になる』って言うならそれが素晴らしいとは言えないけど。
「まあ、それはともかく。
今日は何を聞きに来たんだ?」
カップにお茶を注ぎながら学院長が尋ねた。
「ああ、そうだった。
フェンダイや船長や役人達が足止めされている間、現地人が彼らを眠らせるのに使った呪器があったじゃないですか。
あれってそれなりに使い道がありそうですが、誰か研究をするんですか?」
もしくは呪具の進展系だから禁じられるのか。禁じられず、誰も研究する気がないなら俺たちが研究してみても良いかもって話しているんだよね。
「ああ、あれか。
使い方に気を付ければ有効性が高いかも知れないが、悪用も色々出来そうだから、王宮が王立研究所の限られた人間だけに存在を教え、研究させる事にした。
まずは最初に、使われている事を探知できる魔具か魔術の開発をすると言っていたな。
ウィル達も興味を感じるのは分かるが、勝手に入手して研究すると後で王宮から睨まれて王立研究所に取り込まれる羽目になりかねんぞ?」
学院長が言った。
げぇぇ。
王立研究所に取り込まれるって。
確かに蒼流の愛し子であり、オレファーニ侯爵家の一員であるシャルロに厳罰を課す事は出来ないだろうから、妥協案として王立研究所で働けって言ってきそうだな。
一応あれも呪具の一種だから、研究は禁じれていると想定すべきだっただろうと難癖をつけられたらこちらも立場は弱いし。
どうしても研究したかったらそれこそ東大陸に家でも借りてそこでこっそり研究しなきゃだが……そこまでは興味はないかな。
「分かりました。
手を引く事にしますよ。
ちなみに、誰か東大陸に派遣して、あちらでの探知用の道具とか術に関して調べさせているんですよね?」
こっちで新たに調べる前に、昔からその道具がある地域での対応手段に関して調べる方が絶対にいいだろう。
あちらに探知手段が無く、西大陸の新しい考え方が画期的な発見につながる可能性も無きにしも非ずだが。
「王立研究所の人間が東大陸に行ったかは不明だが、フェンダイは色々と調べてこいと魔術院から命じられて予算も貰っていたようだね」
学院長が笑いながら言った。
そっかぁ。
もうそれなりに情報や技術は入手済みなんだなぁ。
……酒でも奢って助けた恩をグリグリと押したら、ちょっとは教えてくれるかな?
流石にコールドスリープの装置()を見逃す訳にはいかないですよねぇ