1275 星暦558年 橙の月 10日 ちょっと寄り道(14)
「折角の海賊船なのに、持って帰ってこないなんて!!
軍艦や商船は軍の資料や保険の書類があるからある程度の情報はあるが、海賊船は完全に歴史的には幽霊のごとき存在なんだよ!」
セビウス氏が確保しておいてくれた倉庫に到着したら、アレクとシャルロが先に来ていた学者さんらしき初老のおっさんにぐちぐちと小言を食らっていた。
「あら、タルナブ教授。
此方に呼ばれたんですか?」
おっさんを見たシェイラが声を掛ける。
どうやら歴史学会の知り合いらしい。
「うん……?
おお、シェイラ君じゃないか! どうしたんだね?」
おっさんが小言を切り上げてシェイラの方を向く。
ちゃんと向こうもシェイラの名前を知っているらしいな。
どうも歴史学会のパーティで見た感じ、偉そうなジジイや初老のおっさんの半数ぐらいは若い女性なんて手伝い以下な扱いで人間として認識していないのか、顔は覚えていても名前を呼ばない(覚えているのかどうかは不明)感じなのが多かったから、それに比べるとまともな人なのかも?
「船を見つけた3人組の一人であるウィルが私の彼氏なんですよ~。
だけど、船を持って帰ってこなかったって本当に残念ですよねぇ。あり得ない!!」
シェイラが一緒になって海賊船を置いてきたことに憤慨し始めた。
マジで昔の海賊船は歴史が好きな連中には是非とも調べたい対象らしいな。
「あ~。清早。あの海賊船の残骸、ここまで引っ張って来てくれるかな?」
しょうがないので、申し訳ないが清早にお願いすることにした。
二人がかりでガンガン文句を言われるぐらいだったら、回収をお願いした方が良さそうだ。最終的に買取する相手が見つからなくても、ばらしたら多分薪として売れるみたいし。
「そうだ! 蒼流も手伝ってあげてくれる?」
怒られて小さくなっていたシャルロも元気になって蒼流に声を掛ける。
『大丈夫だよ、もう場所が分かっている船の残骸を持ってくるぐらい、俺一人で出来るから~』
清早がさっと手を上げて口を挟み、すちゃっと姿を消した。
昔ザルガ共和国とガルカ王国が戦争をやっている時に、ちょっかいを出した船を捕まえた奴らごと王都まで送り付けるのだって清早に頼んであっさりやって貰えたのだ。
中の人間を死なさないように気を使わなくて構わない今回のように船だけ引きずって来るのなんて簡単だろう。
「では沈没船は後回しにして、中から回収した瓶や壺や宝飾品を見てもらいたい。
ああ、そういえばその前に。
この文字を読めますか?」
アレクがパンパンと手を叩いて説教に戻る前に話の方向転換を図った。
「ふむ。
どこかで見た記憶があるのう……」
タルナブ教授とやらが謎の手紙の写しを手に取り、目を眇めて紙を色んな角度に動かし始めた。
そっか、手紙だったらこの向きだろうと思われる角度でずっと見ていたが、異文化の文字なのだ。
書き出しが左ではなく右からかもだし、文字だって左から右ではなく上から下とか下から上の可能性だってあるか。
紙の上に大量に書いてあるから文字だと思っているだけで、もっと少なかったら何かの模様とか紋章かもと思っても不思議はないぐにゃぐにゃな線の塊なのだ。
思い込みで『こっちからこう書かれた文字だ』と決めつけるのは良くないよね。
「……分からんな!
暫しこれを借りて、知り合いに見せて回ってもいいか?」
おっさんがアレクの方に尋ねる。
アレクが俺とシャルロの方に尋ねるように目を向けたので、肩を竦めた。俺はどうでも良いぜ〜。
「海賊の財宝を埋めた場所を知らせるような内容だったら公開する前にこちらに知らせて欲しいけど、誰か解読できそうな人間に見せて回るのは構わないよ」
シャルロが応じる。
まあ、貧乏な歴史学者じゃあ東大陸まで宝を探しに行く資金がないだろうし、場所が分からなきゃどうしようもないだろうからね。
とは言え、海賊船が沈没した場所が分かっても拠点がパストン島だったとは限らないから、場所は俺たちも知らないんだけど。
「うむ。
上手く解読出来て何か更に探し出せるものがあったら、是非とも君たちに取りに行ってきてもらいたいな!
年初には皆が集まるし、誰かが知っているだろう!」
タルナブ教授が嬉しそうに紙をポケットにしまい込みながら言った。
ごく自然に年初まで俺たちを待たせることにしたらしい。
流石歴史学者。
時間の感覚がかなりいい加減で呑気だ。
こうなったら、持ってきてもらう沈没船も暫く研究用に歴史学会に貸し出すことにして、それを薪にする為の解体に必要な費用を賄う分ぐらいの賃貸料でも貰えないかな? これだけ熱心に調べたがるなら、買い取るのは無理でもばらさずに調べる間の手数料ぐらいは払うかも。
じゃなきゃセビウス氏みたいな歴史好きで金を持っている連中相手に『海から引き揚げた海賊船』を手数料を取って見世物にするとか。
皆に相談した後で、セビウス氏に相談してみようかな。
コメントには『無いよ〜』と返していたのですが、結局引っ張って来る事に。