1268 星暦558年 橙の月 3日 ちょっと寄り道(7)
「さて。
上手い具合に密封状態を保てた瓶や壺の中に何か面白い物があるかな?
まあ、流石にどれだけ古いか分からない食材系は食べるのは怖すぎると思うが」
船長室の宝箱以外でも、他の士官(多分)の船室でちょこちょこ見つかった宝飾品や金貨・銀貨及び酒が入っていると清早と蒼流が教えてくれた瓶と壺を屋敷船に運び終えた俺たちは、最後の仕上げとしてじっくりと下から再び船の中を調べることにした。
今回は船ごとアファル王国には持って行かないので、沈没船大好き紳士や学者に見落としたものを見つけてもらう事を期待できないからね。
しっかり調べたと胸を張って言えないと、あとでぐちぐち文句を言われかねない。
と言う事で、まずは船底近くの船倉。ここにある壺は安物が多かったのか、殆ど割れていたし、割れていないのも腐って元が何だったのか分からない物体が多かった。
とは言え、全部が全部そうでもなかったが。
「これってなんだろ?」
何故か壺に入っていた大きめな石の塊のような物を取り出しながらシャルロが首を傾げた。
いや、石というよりは紺色の岩か?
石ってもっと灰色だよな? まあ石と岩の違いなんぞ、よく知らんが。
なんで壺に入っているんだ??
「これは……もしかしたら、藍玉というやつかもしれない。
東大陸の内陸の方で使われる染料が乾かして固めた石みたいな塊で輸送されると聞いたことがある」
じっと顔を近づけて観察していたアレクが言った。
「染料???
まあ、船の中だったら水がしみ込んで濡れる可能性があるから、染料なら壺に入れておかないと溶けてなくなっちまうかもしれないか。
これって今でも使えるのかな?」
植物性の染料だったら何十年も昔の物では多分もう染まらないんじゃないかと思うが、土っぽいこれだったら大丈夫かも?
「染料ギルドに沈没船から見つかった古代の染料ってことで売りつけてみてもいいかも知れないな。
藍玉はそれなりに高い筈だし」
アレクが言った。
へぇぇ。
まあ、ちゃんと染まるなら青の染料はどちらないせよそれなりに需要はありそうだよな。
「なんだって海賊がそんなものを持っていたのか、不思議だけど」
安い酒だと思って間違って積み込んだのかね?
「もしかしたら拠点に前職が染め師だった人間が居て、服とかを染めるから持ってこいと言ったのかも?
この船長さんがオシャレ好きだったのに、服の選択肢が限られてて染め師とか仕立て屋を勧誘していたのかも!」
シャルロが笑いながら想像する。
まあ、海賊がお洒落な可能性があり得ないとは言わないが、染め師や仕立て屋を『勧誘』するよりは『誘拐』した可能性の方が高そうだ。
もしくは、襲った船にいた職人に、奴隷として売らないでやるから拠点で頑張って働けと脅したとか。
料理人は下手に強要すると毒を盛られる可能性があるが、染め師や仕立て屋だったらそこまで命にはかかわらないからなぁ。
それなりに脅して働かせるケースもありそうだ。
「となると、他の諸々の中にも染料があったのかな?」
確かに変な色に腐っている素材もあったが……ナマモノって腐ったりかびた際に変な色になることってあるから、分からんな。
どちらにせよ、腐った素材を染物に使うのは誰もやりたがらないだろうし。
「うわ、臭!!!」
別の壺を開けてみて中を覗き込んだシャルロが悲鳴を上げながら顔を下げた。
腐ったナニカが入っている壺だったらしい。
さっきまでそれなりに用心しながら開けていたのだが、使い道がありそうな面白いものが出てきたせいで、つい用心を忘れてしまったようだ。
「考えてみたら、飲んでも大丈夫な酒は既に確保して持ち出してあるんだから、残りは基本的に飲めない液体だけだろ?
だとしたら、もう諦めて振って液体のちゃぽちゃぽ音がする奴は捨てないか?
じゃなきゃ、何が入っているか分からない沈没船の船倉で見つかった大昔のナニカってことで考古学者とかに売りつけるように開けずに持って帰るか」
腐った液体の中にも、もしかしたら染料とか調味料として使える物もあるのかも知れないが……どちらにせよ使う気はないのだ。
開けて、悪臭に襲われる意義はない気がする。
「……確かに?
液体に入っていて長期間保存出来るようなものはお酒以外にはなさそうだよね」
シャルロが悪臭のする壺をわきに避けながら言った。
「確かに、持って帰ってヤバい毒だったり病気の元だったりしたら困るな。
液体はもう捨てて帰ろうか」
アレクも顔をしかめながら合意した。
そういえば、変な病気や毒の危険もあったんだっけ。
俺たちはどんな毒や病気でも蒼流と清早が守ってくれるが、学者とか収集家に売って購入者が家で壺を開けて死んだら遺族に責められそうだ。
ファラオじゃなくて海賊の呪い?!