1265 星暦558年 橙の月 3日 ちょっと寄り道(4)
「蒼流、ちょっとこれ、真っすぐに立ててくれる?」
浮遊で船の甲板の傍に来たシャルロが、斜めな床を見て蒼流に声を掛けた。
ずっと宙を浮いていれば斜めな床の上だって動けるが、船を水平な状態に戻してもらって普通に床を歩く方が楽そうだよな。
長年海底にあったから、床が抜ける可能性も高いが。
まあ、浮遊を軽くかけたままにしておけばうっかり床を踏み抜いても何とかなる筈。
「取り敢えず、船倉から先に見てみようか」
ギシギシっという音共に水平になった甲板の上に立ち、甲板下へ行く階段の方へ向かいながら提案する。
どうせ船長部屋や航海士の机にある書類はどれも海水に溶けて泥未満になっているんだろうから、そっちに行っても見つかるのは金銭と金属製の道具程度だろう。
古い羅針盤みたいのがあったら骨董品としてそれなりな値段で売れるかも知れないが、錆び取りだけで大変そうだからなぁ。
それこそシェイラの知り合いの歴史学者の誰かにでも貸し付けたら勝手に奇麗に掃除した上で来歴みたいのを色々と調べてくれないかな?
「そうしよう!」
とんとんと軽い足取りでシャルロが階段を下りていく。
乗り込む前はほっそりした速度重視な船に見えたが、中に入ってみると意外とそれなりに大きく、船倉室が幾つかあるようだ。
最初に入ってみた部屋には木箱が複数あったようだが、基本的に全部朽ちて崩れている。
だが、壁際の棚っぽい収納場所に幾つか壺が並んでいるな。こっちは無事かも?
「中に何が入っていたのか分からないね。
ほぼ原形をとどめていないという事は、食料品とかだったのかな?」
木箱を覗き込んだアレクが言った。
木箱はアレクに任せて壁際の棚にある壺を手に取ってみる。
何もこぼれないから割れてはいないようだ。だが振ってみるとちゃぷちゃぷと言う音はしないから、酒ではないみたいだ。
「塩とかを壺に入れていたのかな?
昔の塩だったら古い酒みたいに熟成が進んで美味しくなるってことも……ないよなぁ?」
塩って元々熟成するものじゃないし。
「酒でも何百年も前の物となったら味は微妙な可能性が高いんじゃないかな?
奇跡的に雑菌とかが全く入っていなくて美味しくなるものもあるかも知れないが、腐って美味しくない酒と、奇跡的に美味しい酒との違いが外からじゃあ分からないから売るのも難しいし」
アレクが応じる。
酒って何百年も保つことがあるのか???
かなり意外だ。
まあ、海底でそれなりに涼しい温度のまま殆ど動かずに残っていた酒だったら壺や瓶が割れていなかったら大丈夫なのか?
でも、瓶や壺が割れないように包んでおく緩衝材が海水でダメになってしまうから沈んでいる間や引き上げる時に割れないでいられるかどうかはかなり微妙そうだ。
「こう、お酒の神様の神殿とかに持っていったら瓶や壺の中のお酒が美味しいか、教えてくれないかな?」
シャルロが棚から壺を持ち上げながら言った。
ありかも?
でも、中が酒かどうかも分からないからなぁ。
「酒だと分かっている壺や瓶が大量にあるならその一部を寄贈するから残りの鑑定をお願いって出来なくはないかも知れないが、塩やその他調味料かも知れないナニかが入っている壺を全部持って行って鑑定を頼むのは流石に失礼すぎて無理だろう。
神官に頼むだけならまだしも、下手したら神様じゃないと分からないかもだし」
アレクが微妙そうな顔で言った。
魔術では壺や瓶の中身を知る術なんてないからなぁ。
神殿でそういう術があるのだったら神官に金を払って頼むのもあり得るが、マジで神様が判定しなきゃならないとしたら、頼むのは無理だよな。
「清早、あの壺の中が酒かどうか、分かる?」
ふと、傍にぷかぷか浮かんで周囲を興味深げに見まわしている清早に尋ねる。
『それは塩だね~。
こっちのは物凄く古くて腐ったエールだけど』
清早が壁際の別の壺を指しながら答える。
そっかぁ。
エールも壺に入れて持ち運んでいたのか。
水よりはエールの方が長持ちしたんだろうけど、何百年もは保たないんだろうなぁ。
「腐っていない飲み物ってある?」
シャルロが傍にいる蒼流に尋ねる。
『この部屋にはないな。
隣の部屋はいくつか中身が腐っていない瓶があるが』
蒼流が答える。
あるんだ?!
焼酎とかでも何十年とか保つんでしょうかね?