1262 星暦558年 橙の月 1日 ちょっと寄り道
「面倒な報復はやらないから、我々はもう帰っていいそうだ」
朝になって転移門経由で帰ってきた俺とシャルロに、既に連絡を受けていたらしきアレクが教えてくれた。
「あ、そうなんだ?
船員たちをさっさと返して呪器で眠らせた後遺症のチェックとかも要らないの?」
シャルロが尋ねる。
「取り敢えず魔術師2人と商業ギルドの人間と役人が転移門であっちに行っているからな。
そのまま此方に戻ってこないで本国で仕事をさせつつチェックしまくるらしいから、残りは船でのんびり帰って来ていいんだそうだ」
アレクが肩を竦めながら言った。
「なるほど。
いくら蒼流に急がせれば普通の船ではありえない速度で航海できるとは言っても、転移門での移動の方が更に早いよな。東大陸に戻って来るのは魔力の無駄だし」
元々の予定では商業ギルドの人間なんかはこちらで新規の商売を見つけようと考えていたんだろうが、色々と予定がずれ込んでいるだろうしな。
また今度、転移門でくればいいだろう。
船長は船で帰るんだから、王都の商人の興味を引きそうな物を色々とちょくちょく買って帰ればいい小遣い稼ぎになるだろうし。
「そういえば、フェンダイ達を眠らせてた呪器は返してもらえるのかな?」
シャルロがふと尋ねた。
俺がくすねたあの呪器は、参考用にとフェンダイに取られたあと、結局王都まで持っていかれちまったんだよなぁ。
王都に行った連中がこちらに帰ってこないなら、俺に返してもらえる可能性はあまり高くなさそうだ。
「ピューナンへ、報復をしない代わりにあの呪器を作れるか修理できる職人と、東大陸の香辛料とかを育てられる農家を2年程度の期間で留学生として寄越せって交渉するらしい。
その際に試作品がわりにあれももう少し入手するんじゃないかな?
王都に帰ったら返還請求してみよう」
アレクが提案した。
へぇぇ。
人間を寄越せっていうのは微妙な気がするが、滞在期間の賃金か生活費を払うと言えば人身売買じゃないからなんとかなるのかな?
職人や農家を見知らぬ国へ来るよう誘うのって金よりも相手の警戒心を解くことの方が難しいから、お金に関しては多分ケチらないだろう。
帰国に関してだって、それこそジルダスかゼリッタまで転移門で送って、ピューナンまでの船に乗る費用を払えばいいだけだから今となればそれ程大変じゃあないだろうし。
「そんじゃあ、これで今回の依頼は終わりってことだよね?
ついでだから、帰りにまた沈没船探しでもしない?」
シャルロがニコニコしながら提案してきた。
一応昨日はパディン夫人も王都へ一度帰っているから、もうちょっと航海が長くなっても良いかな?
とは言え。
「流石にここからアファル王国までなんてなったらちょっと時間が長く掛かりすぎるし、飽きそうだから……ここからパストン島までの海底を真っすぐ探しながら進むのでどうだ?」
ある意味、パストン島からアファル王国までの大海原は俺たちが航路を発見するまでは多分定期的に船が通っていなかったんだから、滅茶苦茶運が悪い船が大幅に嵐で流されたとでも言うんじゃない限り、航路探しの探索用の船はまだしも、豪華客船とか交易船は通ってなかっただろうし。
探索用に船はねぇ。食料と水の優先順位が高すぎて、何百年も海水に沈んでいても面白さが残っているような品は乗せていなかった可能性が高い。
「そうだな。
ここからパストン島あたりぐらいだったら普通に嵐で航路を逸れて沈没した船があるかもだな。
どんな船が沈んでいるか、調べていないが」
アレクが腕を組みながら頷いた。
「まあ、香辛料とか生地とかだったら海に沈んだ時点でダメになっているだろうけど、何か面白い物もあるかもと期待して、探してみよう!
積み荷がダメでも、交易の支払い用にある程度の金貨とかは積んでいるだろうし」
シャルロが付け足す。
まあ、金が欲しいんだったら魔術師として働く方が海の底を漁るよりも早く確実に儲かるかも知れないが。でも、見たこともない金貨はそれはそれで夢があるよな。
「よし!
一応補給は既に済ませてあるから、じゃあそうしようか!」
アレクが力強く頷いた。
「あ、一応パディン夫人に一言知らせておく方が無難かも?」
何も知らせずに海底探索の航海に連れ出して怒らせたら、怒られたら今後のケーキやクッキーの補給に差し支えるかもだし。
出港前に言われても出来ることは限られていますが、最悪どうしても嫌だったら転移門で送ってもらうのも可能ですしね。
料理当番の人には誠意をみせないと。