1261 星暦558年 黄の月 30日 頼まれごと(24)(学院長視点)
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「甥御どのは無事だったようで良かったですね」
王宮での会議に呼ばれ、出席したら王太子や軍部の人間から何度か声を掛けられた。
弟の息子であるフェンダイが東大陸の南方にある交易都市ゼリッタに転移門を設置する船に乗っていたのが、連絡が取れないと言われたのは10日程前のことだった。
何か分からないかと尋ねられたので、炎華に尋ねたら生きてはいるが眠っていると言われたのでそう伝えた。炎華にはそれから何度も確認して貰ったが、何故かいつも眠っているようなので『病気なのか?』と尋ねたらそれも違うと言われた。お陰でこちらも何が起きているのか不明で心配だったのだが、幸いにも王宮の連中がシャルロたち3人組に捜索と救援を依頼したようだったので、それ以上は手を出していなかった。
一応炎華と仲の良い風か水の精霊に頼めばフェンダイを叩き起こして短い間ならば話をすることも可能だと言われたが、下手に甥と自分が遠距離で連絡が取れるなんてことが知られたら、軍部や王宮にフェンダイが利用されまくりかねない。
なので命にかかわりそうな状況になったら助けてやってくれとだけ頼んで放置していた。
一昨日に無事ゼリッタに到着し、転移門を設置できたという連絡がきた。何が起きたのか知りたくてじりじりしている王宮や商業ギルドの人間を押しのける訳にもいかずに通信機で話すことはできなかったが、結局報告の為に新たに設置した転移門で何人か王都に戻ってきたので、その隙にジルダス経由でゼリッタに連絡を繋ぎ、何とか話を聞いたところ変な地域紛争未満な騒動のとばっちりを受けたと笑いながら言われた。
自分は出産の際に妻と子を亡くして以来、生涯を一緒に暮らしたいと思うような女性と出会うこともなく王太子を育てるのに手を貸し、戦場で戦い、最近は子供たちを育てるのに忙しくそれなりに充実した人生だったが、ある意味自分の血を繋ぐ次世代と言えばフェンダイしかいないので、無事生きていたのは本当に良かった。
できる事ならば変なことに巻き込まれないでくれと願いたいところだが。
「ありがとうございます。
甥が無事だと聞いて、こちらも安心しました。
結局、どうすることになったのです?」
子供たちを育てる魔術学院の長である自分は、遠い地での争いや報復に特に関係はない筈だが。
「救援に向かった者たちは時間を節約するために意思決定が出来る町長の船を無理やり港まで引き寄せ、補給を無料で提供する代わりに捕らわれた人間を解放することで手を打ったのだが、それでは生ぬるいと主張する者もいてな。
アファル王国の船に手を出して、補給程度で許されると思われるのは確かに今後の襲撃の危険性を増やす可能性もあるかもだが、どう思う?」
王太子が尋ねてきた。
……ふむ。
船を無理やり港まで引き寄せたのが、脅しとして十分か聞きたいというところだろうか。
フェンダイ曰く、やったことがとんでもなかったものの、それを行ったのはしょぼい港町で、賠償金を搾り取ろうにもそれこそ住民全員を奴隷として売り払いでもしない限り、今回の遅延やシャルロたちを雇った費用に対する賠償を得るのは難しいだろうとの事だった。
アファル王国は奴隷取引は禁じている。つまり、フェンダイは賠償は無理だと見ている。
「私に加護を与えてくれた精霊は火精霊です。
王の命令とあればその街を焼き払う事も可能ですが、炎華と仲のいい精霊に頼んでも交易に使うような大型船を数刻以上も引っ張ることは無理ですね。
そう考えると、町長の船とやらを乗っている人間の抵抗を完全に無視して動かしたというのは十分な脅しになったと思いますぞ」
港町なのだ。
水精霊に睨まれたらあっという間に干からびるし、いざとなれば一瞬ですべてが海に飲まれる。
そんなことが可能な精霊と契約している人間が、10日程度で身軽に出てこれる国と敵対しようと思うような港町はないだろう。
「ふむ。
アイシャルヌでも無理か。
だとしたら、これからの補給に関して2年間、アファル王国籍の船に有利な補給契約を飲ませる程度で良いか」
王太子がちょっと考えてから結論を述べた。
しょぼい港町相手に拳を振り上げても人件費の無駄だと議論する陣営と、舐められたら悪影響が大きすぎると主張する陣営とで話が平行線になっていたようなので、王太子が結論を下すことにしたのだろう。
まあ、元々遠隔地とは言え住民の大多数が今回の事件に関係のない町を焼き払うのは後味が悪いし、しょぼい港町なんぞ現金がそれ程ないのは目に見えている。
そう考えたら放置一択ではあったのだが。
あとはアファル王国は舐められないという確証が欲しかっただけというところなのだろう。
「そういえば、フェンダイを拘束するのに使った呪器が中々面白い効果があったそうですね。
それの構造に詳しい人間を暫く寄越せと要求するのもありかも知れませんな」
その町の中にそれを作れる、もしくは修理できる人間がいるならば、だが。
「ついでに香辛料をアファル王国で育てられないか、農作業に詳しい人間も寄越させたらどうだろうか?」
誰かが別の提案をする。
おっと。
安易な提案で、あちらの街の人間をそこそこ強制的に留学させてしまうことになったかも知れん。
まあ、他国の人間を戦時中でもないのに問答無用で拘束したのだ。
ある程度の罰則は甘んじて受けてもらおう。
学院長も裏で巻き込まれていましたw