1259 星暦558年 黄の月 27日 頼まれごと(22)
「呪器と睡眠薬でこうも長時間、殆ど食事も出さずに拘束できるとは驚きだな」
俺が拝借してきた呪器をぐりぐりと手の中で角度を変えて観察しながらフェンダイが感心したように言った。
「そのうち犯罪組織とかに、誘拐した人間を暴れないように大人しくさせておく手段として悪用されちまいそうだが……まあ、殺されるよりはマシだと考えれば悪くはない道具かも知れないな」
シャルロとアレクが屋敷船のダイニングルームにパディン夫人が準備した軽い朝食を運び込むのを手伝っているのを見ながら答える。
俺も手伝うと言ったのだが、『昨日の晩からウィルが色々と頑張ったから、今はゆっくりしていて~』とシャルロに言われたのでフェンダイの相手をしている。
ヴァルパック号は既に入港し、ガヴァール号の士官たちは船の補給や船員の様子を見に戻っている。そんでもって商業ギルドのおっさんと残り二人の魔術師は屋敷船の風呂に入って身綺麗にしているところだ。
パディン夫人が絶食後(呪器で時間を遅くされていた身体的な現実として何日相当だったのかは不明だが、少なくとも丸一日以上にはなっているだろう)に食べても大丈夫そうな消化しやすい軽い朝食を準備してもらっておいたので、もう暫くしたら全員戻ってきて食べながら今後のことをちょっと相談する予定になっている。
フェンダイは風呂に入るのは後で良いと遠慮したのでここに待っている。
流石に幾らゆったり作ったとはいえ、屋敷船の風呂は成人男性が4人が入るにはちょっと狭いからな。
「確かにな。
持ち歩けるんだったら航海中に病気になったり怪我をした人間をこれで停止状態にしたら、傷や病気の悪化も港で治療してもらえるまで遅らせられるんじゃないか?
呪詛的な副作用がないとしたら、商業ギルドだけでなく軍部も欲しがりそうだ」
フェンダイが指摘した。
確かに?
呪詛とか呪器が単に俺たちが知っているのと違った原理による魔術の一種なのか、それこそ悪魔を呼び出す禁呪みたいなヤバイものに繋がる術なのか、誰かに確認してもらいたいもんだなぁ。
「そういうのって魔術院で調べるのかな?」
もっとも、考えてみたら現時点でこういう風に実用出来るレベルの呪器があるのだ。問題がないとしたらそのまま東大陸から輸入すればいいから、俺たちが間に入って金儲けを出来る余地はあまりないな。
それこそ屋敷船で東大陸まで来て、がっつり同じような呪器を大量に買い占めてアファル王国で軍や商業ギルドに売りつけるっていう手もあるが、俺たちがやるようなことじゃあない。
というか、手で簡単に運べる程度に小さいんだから、屋敷船を使うよりも転移門で来て袋一杯に買って帰ればいいだろう。
「商業ギルドか軍が確実に魔術院に依頼するだろうな。
ヤバかったらその副作用を減らす方法を研究してくれと追加依頼もきそうだ」
フェンダイが答える。
「としたら、10日近くそれを使われたフェンダイ達の経過報告は魔術院が是非とも知りたがりそうだな。
ちなみに気分はどうだ?」
大して痩せているようにも顔色が悪いようにも見えないが、ピューナンに辿り着く前の状態を知らないから、はっきりと悪影響がなかったかどうかは分からない。
「確かに?
特に体調は悪くないが、怪我人や病人に使いたいなら俺達みたいな健康な人間相手にやるのではなく、実際に弱った状態の人間相手に使ってみるべきだろうな。
あと、魔術師と普通の役人と、鍛えた船乗りとで効果に違いがあるかも確認したら面白いかもだし」
フェンダイが色々と提案してくる。
確かにね~。
というか、現時点でそれ程怪我をするような案件ってなさげだけど、どうやって怪我人や病人の状態を呪器で止めた効果を確認するんだろ?
「そういえば、ウィルかシャルロに頼めばガヴァール号も普段より早くアファル王国へ帰国するのは可能なんだよな?」
フェンダイが聞いてきた。
「可能だが、元々の契約に入っていないから追加料金になるぞ?」
契約はガヴァール号を見つけて、ゼリッタへ行けるような状態になるように救援するってだけだったからね。
ピューナンから解放させて、補給をしっかりさせた時点で俺たちの契約は完了している筈。
まあ、残りはアレクと要交渉ってやつだな。
ゼリッタまで送って、そこで固定通信機を使ってジルダス経由でアファル王国の予算を承認出来る地位にいる誰かと交渉ってことになるかも?
ガヴァール号に乗っている誰かに、俺たちとの追加契約に関して本国と相談せずに承認できる権限があるのかな?
お風呂は大切。