1258 星暦558年 黄の月 27日 頼まれごと(21)
「ちょっと!!
あんた達どこに行くのよ!?
ケッツ、そいつらの足を止めなさい!!」
隣の部屋に寝ていた残りの4人を起こして俺たちが階段を降りて行ったら、アホ娘が慌てたようにこっちを指差しながら声を上げた。
ひょろっとした若い男がこっちを見て、ちょっと情けない顔をする。
「俺って腕っぷしが強くないのはお嬢さんもご存じでしょ~。
同じ体格の人間だって9人もいたらどうしようもないのに、ムキムキ筋肉男や魔術師までいるんだから無茶言わないで下さいよ~」
確かに。
町長邸なのに、使用人も見当たらないな。このヒョロ男が声からして昨日アホ娘を宥めていた若い執事か家礼っぽいが、他の人間はどこにいるんだろうか。
朝食の準備にでも忙しいんかね?
つうか、俺と一緒に港から来たおっさんはどこ行ったんだ?
アホ娘への説明を任せた筈なのに。
「フィーナ。町長の船の入港が止められているようだと言っただろ?
入港の交換条件がアファル王国人の解放と、彼らの船の補給なんだ。
少なくともこの人らだけでも頭の痛い賠償金の交渉を町長が先に済ませておいてくれたんだ、頼むからこれ以上邪魔をしないでくれ」
心眼で町長邸の中を探そうとしたら、階段の上の反対側からおっさんが姿勢が妙に固い爺さんに肩を貸してゆっくりと歩きながら姿を現した。
お、あれが本来のとりまとめ役だった筈のビルギットとかいう爺さんかな?
爺さんがぎゃあぎゃあ煩いアホ娘を無視してゆっくりと階段を降りてきて、俺たちの方に頭を下げた。
「町長補佐役のビルギットと申す。
今回は色々と手違いがあって迷惑を掛けてしまい、申し訳なかった」
階段の上から頭を下げても上から目線になってイマイチお詫びの心が伝わらないと思って降りて来たんだろうが、ヨロヨロしているせいでゆっくりだし、俺たちも爺さんが階段から転げ落ちておっちんじまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤしながら見守る羽目になったから、この際上からの謝罪でも構わなかったんだが。
じゃなきゃ、デビットが背負って階段を下りるとか。
威厳的には微妙だと思うが、今更威厳に拘ってもしょうがないだろうに。
そう思ったが、流石に色々とズタボロ状態な町のことを考えるとこれ以上更に恥をかかせても反発を増やすだけだろうと思って何も言わずに見守った。
フェンダイだって浮遊を掛けてさっさと爺さんを下ろせたのにやらなかったし。
「今回の件については本国で改めて議論した際に何らかの追加的措置をとる可能性もあるかも知れないが、合意書通り取り敢えず現時点で街を焼き払うのはやめておく。
今後はアファル王国の船を勝手に拘束するようなことがないと、期待している」
商業ギルドのおっさんが重々しく爺さんとアホ娘に告げた。
はっきり言って、王宮で商業ギルドや魔術院の人間を集めて話し合い、ここまで船を出す費用の方が絶対にこの町が払える賠償金より大きいと思うから、話し合うだけ無駄な気もするけどな。
国として、舐められたらダメだという論理もあるんかもだが。
かと言ってこの町を焼き払うなり、海に沈めるなりしたところで得るものはないし、別にアファル王国の評判に大して変わりはない気がする。というか、海に沈めるなり軍艦をよこすなりの費用で更に赤字が増えるだけだろう。
まあ、そこら辺の経済性も含めて考えるのは、王宮の人間の役割だな。
「ムグ!!」
何やらアホ娘が抗議の声を上げたがって口を上げたが、若いのが素早く後ろに回って口を塞いだから何も声は出てこなかった。
お、中々の早業。
どうせだったらその素早さで、婿が死ぬのも止められれば良かっただろうに。
まあもしかしたら、色々大騒ぎになるにしても死んだ方がマシな婿だったのかもだけどね。
というか、マジで殺すんだったらもっと上手に隠蔽する方法を考えてからやって欲しかった。
他国の船を拘束するなんて、アホすぎる。
「じゃあ、帰ろうぜ。
補給が足りてるか確認して、水だったら俺かシャルロが出すからさっさと出よう」
昨日のうちにシャルロ達がそれなりに魚も釣っていたし。
最終目的地まで俺達が屋敷船でついていく必要があるかどうかも話し合わないとだしな。
元々の契約では見つけたあとは同行しなくても構わないって話だったけど、必要がありそうだったら頼むというなんともはっきりしない依頼だったからなぁ。
要相談だな。
流石に船に戻ったらすぐに分かれる訳にはいかないだろう。




