1256 星暦558年 黄の月 27日 頼まれごと(19)
「町長のペストリオ殿との合意書だ。
町長邸に拘束されているアファル王国の人間を解毒して連れてくるから、案内してくれ。
その間にガヴァール号の補給もそちらで手配しておく約束になっている」
ピューナンの港に屋敷船で入港してガヴァール号の横に停泊し、ちょっと慎重な足取りでこっちに向かってきた港の役人?っぽい男に合意書を見せて要求する。
待っている間にシャルロがガヴァール号へ大きな鍋一杯の肉と野菜入りのスープとパンを持ち込むことになっている。
昨日の晩のうちに粥を届けて水も浄化しておいたので、船員たちの体調は大分と改善してきている筈。
こちらの音が合図になり、ベルグが甲板の下から出てきて他の船員に声を掛けてスープの受け取りを指示している。
「これは……」
男が俺が付きだした書面と、沖に停泊したまま入港してこないヴァルパック号を交互に見やる。
「関係ない遠方の街の争いに巻き込まれた同国人を救援するために呼びつけられて、俺たちもそれなりに苛ついているんだ。
あの船やこの港にあるすべての漁船を沈められたくなかったら、さっさと案内してくれ」
清早に頼んで、ざば~ん!と大型帆船のマストの3倍ぐらいの高さまで大量の海水を噴き上げさせて見せながら、ちょっと脅しをかける。
港の連中にとってはヴァルパック号が朝になったら沖に現れていたのは単に夜明けから頑張って航海してきたのかもって感じだろうから、脅しは必要だろうと昨日の晩に相談していたのだ。
まあ、どうしようかと途方に暮れている所に町長が帰ってきたんだから、町の人間たちは嬉しいだろうが。
考えてみたら、町長にもこの場に立ち会うように交渉しておくべきだったか?
だが、町の連中が町長に群がって娘婿問題に関して相談を始めたら時間が無駄にかかりそうだからなぁ。
まずは俺たちの方の問題を解決してから内輪の相談をしてくれという事で、こういう流れにしたのだ。
「……分かった。
町長邸へ案内しよう。
ガパック! ガヴァール号の補給をしておいてくれ!」
おっさんが後ろから覗き込んでいた老人の方へ大声で声を掛ける。
「そういえば、ビルギットとかいう人間が本来ならば街の運営に関して任されていたっぽいが、あんたがビルギットか?」
町の中央通りを町長邸へ進みながらふと尋ねる。
「ビルギットの爺さんは婿が階段から落ちた時に受け止めようとして巻き込まれて寝込んでいる。
いい年して無茶をするから爺さんまでも死んだかと皆で真っ青になってパニックになったせいで、うっかりフィーナの決定に従って入港していた船の人間を拘束してしまったんだ。お陰で夕方になって目覚めた爺さんが頭を抱えていた。
ガヴァール号の人間には悪いことをした。
だが魔術師に睡眠薬を盛った上に呪具まで使ったとなったら大問題だから、補償の交渉をするにもどこまで金を出せるかの見極めが難しすぎるってことで、この際だからもう町長が戻ってくるまで待ってようってことになったんだ」
溜め息を吐きながらおっさんが答えた。
おいおい。
この際だからって……半日程度のうっかりだったらなんか適当な嘘で誤魔化して、お詫びに補給をただでしますとでも言ってガヴァール号を解放すればよかったのに。
隣町の船だけ船員を拘束して船を隠して、来てないふりをしておいて他の船は普通に対処した方が絶対に問題が少なかったと思うぞ?
転移門の設置が目的で、時間が重大な要素である積み荷がなかったガヴァール号はまだしも、交易船を10日前後も拘束したとなったら、補償が大変なことになるだろうに。
「足止めされた交易船の積み荷が腐りまくっているんじゃないか?」
考えてみたら、ガヴァール号の隣にあった船から特に腐臭とかはしなかったが。
腐るような物は乗せないような長距離の交易船だったのか?
考えてみたら、北から来ているなら香辛料やお茶の可能性が高いからそれなら問題はないのかもだな。
でも、船に積んだままだったらカビている可能性もありそうだ。
湿度を管理する魔具を使っていたとしても、魔石をちゃんと取り替えないと魔力が切れて止まってしまうだろう。
ああいう魔具の魔石の交換をどのくらいの頻度でしなきゃいけないのかは、知らんが。
ま、俺の知ったこっちゃないな。
「デビット?!
ヴァルパック号が入港したって本当?!」
町長邸に到着したら、若い娘が大声で叫びながら玄関を叩き壊す勢いで飛び出して俺たちの方へ突進してきた。
「じゃあ、俺はガヴァール号の士官や魔術師たちを解毒して解放してくるから、お前さんはアホ娘に状況説明しておいてくれ」
アホ娘への説明はおっさんに押し付けて、俺は2階の階段へ向かう。
頑張れ。
やっとアホ娘の名前が出てきましたw