1255 星暦558年 黄の月 27日 頼まれごと(18)
「では、アファル王国の人員を解放し、賠償代わりに20日間の航海に必要な補給を無料で提供するという事で手を打ちましょう」
アレクとペストリオの話し合いはあっさりと終わった。
ペストリオの副官が合意内容を書面化している間、俺が分かっている範囲でペストリオに街の様子を教えた。
「婿の出身の街の船がアファル王国のガヴァール号の直前に入港したらしい。
そんでもってそのタイミングか、その直前ぐらいに婿が死んだらしくて色々アワアワしていたのがばれてヤバくなって、あんたの娘さんが全員拘束して情報が漏れるのを防げ!と命じたようだ。
こんな小さな港町に長距離航海用の大型船が停泊していたらそれはそれで怪しいから、どうやら後から入った2隻の船長なり船員なりかが怪しんで質問したか何かで、そっちの乗員も拘束されたみたいだ。
ちなみに婿の死骸は町長邸の物置に冷やして安置してあったぞ」
フェンダイ以外とは誰とも直接は話していないので、これ以上詳しい情報は知らんが。
ペストリオのおっさんが甲板にしゃがみこんで頭を抱えた。
おい、威厳が無くなるからそういう体勢は取らない方が良いんじゃないか?
まあ、ヴァルパック号の船員からは何やら同情の籠った視線を投げられているようだが。
「元々は、息子が跡を継いで娘は嫁に行くはずだったんだ。
それが息子がジルダスのお偉いさんの跡取り娘に見初められてあっちに婿入りする話が出てきて、断れなくなったから慌てて娘の婿を探す羽目になった。そうしたらギルバースの野郎が息子のゲルダルトが娘に一目ぼれしたから是非とも婿入りさせてくれと言ってきてな。
断ったら攻め込むか俺を暗殺するようなことを仄めかされてしょうがないから受け入れたら、案の定どうしようもない屑だったから、せめて問題の始まりだった息子にジルダスの権力者から助力を得るための仲介をさせようと街を離れたら、その間に死なせちまうなんて……」
ペストリオが項垂れたまま言った。
あ~。
あのアホ娘は跡取りになる予定じゃなかったのね。
急遽息子が出奔……じゃないけど婿入りしちゃったから、他に丁度いい跡取りになる親族も居なかったのかな?
というか、親族や婿候補を探している間に婿入りの話を押し込まれて、その婿を押しやって甥なり従兄弟なりに街のトップを継がせるのも難しいってことでドツボに嵌ったのか。
「ジルダスの街の権力者がここまで影響を及ぼせるほど、あの街は強いのか?」
アレクがちょっと意外そうに尋ねる。
それなりに大きいし栄えているようには見えたが、ここまでそこそこ距離があるからなぁ。
遠くの大きな交易都市よりは近くのちょっと武力の強い街の方が危険度は高そうだ。
「経済力で言えばジルダスは東大陸でも屈指になる。
最近は西大陸の方と直接交易するようになったことで、南経由の航路を握っていた街に遠慮する必要もなくなったしな」
ペストリオが言った。
へぇぇ。
アファル王国との直接交易が出来るようになったことで、ジルダスも南方のゼリッタやザルガ共和国に流通を握られる弱みが無くなったのか。
道理で俺たちの船が来た時に領事館の設置とか交易の話があっさり合意された訳だ。
ある意味、東大陸の北側と南側の大都市のパワーバランスが変わったことで、周辺都市や街も色々と落ち着かない状況になったのかも知れないな。
とは言え。
アホ娘によるパニックに巻き込まれたガヴァール号のせいじゃ無いし、被害者側にとってはいい迷惑だが。
「ちなみに。
これからゼリッタの方とも直接取引するのだったらピューナンは補給に丁度いい地点だ。
それなりに野菜や食料も育てているし、牛乳から作ったチーズや生きたヤギも提供できるぞ」
ペストリオが顔を上げて突然ピューナンのことを売り込み始めた。
「嵐に遭ったりしなければ、パストン島で補給すれば十分ゼリッタに届くと聞いている。航海中のもしもの時の補給に関しては必要性が認められたらゼリッタからの帰路にでも、王宮の役人や商業ギルドの人間が寄るかも知れんな。
取り敢えず、現時点ではゼリッタでの予定が遅れているので交渉している暇はないし、我々はそれに関与する立場でもない」
アレクがつれなく応じる。
転移門を設置した帰りじゃあ俺たちは居ないから、水精霊の助けを~と言われても無理だけどね。
「こちらでよろしいでしょうか」
ペストリオの後ろで紙をガリガリ書き込んでいた若い男がそれをペストリオに渡してきた。
おっし。
これで書類を港に持って行ってガヴァール号の人間を解放できるかな?
取り敢えず、フェンダイ達が船に戻ったらヴァルパック号が入港することになっているから、さっさと全部終わらせてしまいたい。
アレクが勝手に決めちゃったけど、良いんかね?
取り敢えずスピード第一って本国で言われていたんでしょう、きっと。