1254 星暦558年 黄の月 27日 頼まれごと(17)
「うわぁぁぁ!!錨を下ろしても止まらねえ!?」
「町だ!!」
「あ、止まった?!?!」
一応ヴァルパック号との交渉もあるしという事で夜明け前にヴァルパック号が近づくタイミングぐらいで起こしてくれと清早に頼み、顔を洗って部屋から出てきたら丁度ヴァルパック号が俺たちの屋敷船の隣に滑り込んできて、停泊したところだった。
既に動いているのには気付いていたらしく、船員達のパニックした声が聞こえてくる。
「お、ぴったりだな。
ありがと」
清早にお礼を言う。
『どうってことは無いぜ~。
他にも何かしたかったら、言ってくれ』
ニカっと笑いながら宙に寝転がるような形で浮かんでいる清早が応じる。
相変わらず俺には甘いよな~。なんだって精霊って加護を与えた人間にこうも親切なんだろ?
人間だったら親子ですら無条件では助けないし、助けるにしても自分にとっての利益を考えての下心ありの場合が殆どなんだが。
まあ、何も考えずに甘やかすだけなアホ親も居ることは居るが。
ああいう場合は親にとって子供は自分の一部的な感覚なんだろうってシェイラが昔言っていた。
子供という独立した別の存在を甘やかしているのではなく、自分のオマケであり存在の一部である部分の欲望を満たしているだけで、要は自分はすべての欲望を満たされるべきであり、自分の拡張部分である子供の欲求もすべて満たされるべきというような考え方らしい。
だからこういう親の場合は子供が自分に反抗するとあっさり切り捨てることが多いんだそうだ。
今まで親に甘やかされていた子供が、親に愛されているから何をしても許されると誤解して親が手配した政略結婚を勝手に潰したところ、即座に家から追い出されるなんてことがシェイラの通っていた学院でも何年かに一度あったらしい。
まあ、本当に愛情で色々やってくれる親も居るんだろうが、何分まだガキの頃に親を亡くしたせいでほぼ記憶にないからなぁ。俺個人としてはかなり懐疑的だ。
そんなことをちょっとまだ目覚め切っていない頭でぼ~と考えていたら、シャルロとアレクも甲板に現れた。
「なんか騒がしいね~」
シャルロが起き掛けの水が入ったコップを手に、のんびりと呟く。
「まあ、帆を張っていないのに勝手に動いたら驚くだろうさ。
取り敢えず、声を掛けるか」
アレクがそういいつつ、ヴァルパック号側の船べりまで近づいた。
「ヴァルパック号!
我々はそこの港町に補給に入っただけなのに乗船者が拘束されたガヴァール号の本国から調査と救援に派遣されたアファル王国の者である!
あの街を代表する人間がその船に乗っていると聞いたので精霊の力を借りて急ぎこちらに引き寄せさせてもらった。代表者を呼んできてくれ!」
アレクが魔術で声を拡大させながら呼びかける。
そういえば、俺達ってフェンダイ達を救援するために来ていたんだっけ?
見つければいいだけな気になっていたわ。
「……ピューナンの町長を務めるペストリオだ。
乗船者が拘束されているとはどういう事だろうか?」
どうやら夜中の間に見張り番が目覚めて船が勝手に動いているという事が分かって夜通し騒いでいたのか、現れた町長だとかいうペストリオという男の目の下には隈が出来ていた。
そういえば、あの港町の名前ってピューナンっていうのか?
考えてみたらあの港町の名前も、その野心家が居る町の名前も聞いていなかった気がする。
「国が送り出した船からの連絡が予定通りに届かなかったから水の高位精霊から助力を得られる我々が派遣されてきた。
調べたところだと、どうもそちらの町長の娘か誰かが婿のゲルダルトとか言う男をうっかり殺したか死なせたかしたらしく、その問題に対処が出来る人間が帰って来るまで入港した船をすべて足止めするために乗員を拘束して睡眠薬を盛っているようだ」
アレクが重々しく告げる。
向こうのおっさんが頭が痛そうに額に手をやった。
どうやら想定外過ぎて信じられないという状況ではないらしい。
つうか、そんなアホな行動をする娘を街のトップとして残して航海に出て行くなよ。
「ビルギトールは何をやっているんだか……」
何やら呟くのが、魔術で音を拾っていた俺の耳に届く。
娘以外にも誰かお目付け役がいた筈なのか?
だとしたら、そのお目付け役を婿が害したから喧嘩になったとか、もしくは婿を殺したのにびっくりして発作でも起こして倒れちまったって感じなのかね?
「我々としては、東大陸で交易したいとは言ってもジルダスとゼリッタ以外は特に対象とするつもりはないから、今回の騒動にも関与する気はない。
アファル王国人の不法な拘束に関しても、賠償金を請求して取り立てる手間の方が大きいだろうから、我が国の船と人員が解放されたら普通に補給資材を購入した後に出て行く。
こちらの解放要求に合意してもらえるだろうか」
ちょっと高圧的な感じにアレクがこっちの要求を伝える。
アファル王国にとっては俺達を雇う金の分だけ赤字なんだけどね。
こんなしょぼい港町じゃあ賠償金を払う現金が潤沢にあるとは思えないし、下手に賠償の授受に合意したら、金を払える状態になるまで待ってくれとか、町を圧迫する相手を追い払うのを手伝ってくれとか言われかねない。
俺たちを雇う日給を払うために滞在期間を延ばすんじゃあ意味がないから、すっぱり賠償要求は諦めてしない方がいいとアレクが言ったのだ。
もしも後でフェンダイとか商業ギルドの人間が賠償請求をしたいと言ったら、自分たちでやってくれという事で。
俺たちは、フェンダイ達が解放されて船が出航できる状態になったらそれでお別れの予定だ。
まあ、沈められてまた俺たちが呼び出されない様、暫くの間だけでも船に蒼流の保護をつけておいてもいいかとはシャルロが言っていたが。
さて。
これで帰れるかな?
夜半から阿鼻叫喚だった船w