1253 星暦558年 黄の月 26日 頼まれごと(16)
「う~ん、こっちに近い沿岸地域に停泊している船って言ったらこれとこれかな?」
俺の話を聞いて、甲板の上に広がっている氷の沿岸模型の所に近寄って光で照らしながら近辺の船の位置を確認したシャルロが二つほど、紫色の点を指さす。
「どっちもそれなりに近いから、ちゃちゃっと飛んで行って確認して、どちらかがそのヴァルパック号だったら清早に頼んでここまで引きずって来て貰うよ。
シャルロは誰かが屋敷船に近づいたら全員拘束しておいてくれ」
目的の船が見つかったら引きずってこなければならないから俺かシャルロが行く必要があるが、何かの事故があった場合に俺の方が対応できる可能性が高いし……万が一の事態が起きた場合、蒼流だったら清早を止められるが、清早じゃあ蒼流が東大陸を海に沈めようとしても止められないからな。
「そう?
なんかウィルだけ働かせちゃって悪い気がするけど」
シャルロが申し訳なさそうな顔をして言った。
「こっちに来るまでの航海は蒼流の力技だったからな。
このくらいは俺がするよ。
そんでもって町長が見つかった場合は船の上での交渉はアレクに頼むぜ」
最終的な詰めは町長邸で眠らされている魔術師や国の役人(多分乗っているんだよな?)に任せるが、脅した後に港に向けて解き放つ前にある程度の交渉をしておかないと、あっちの奴らを盾に強気な交渉をされても面倒だ。
「まあ、高位な精霊の加護持ちの凄さを見せつけられた後にごちゃごちゃ言わないとは思うが、話が長引かない様に頑張るよ」
ちょっと諦めたような顔でアレクが言った。
金にならない交渉なんぞ面白くないだろうが、俺やシャルロじゃあ更に微妙だからね。
期待してるよ。
という事で空滑機で空に舞い上がる。
屋敷船と街の明かりが真下に幾つか見えているが、他は真っ暗だ。
考えてみたら、ヴァルパック号は停泊灯を点けているんかな?
真っ暗中だったら他の船にうっかり衝突される危険性があるが、誰もぶつかる距離に居ないとしたら下手に灯りをつけておくと海賊とかに狙われるデメリットの方が大きいと考える可能性もゼロではないが。
まあ、取り敢えず。
「暗視」
暗闇で動く時に使う術を掛けてみたが……全く見えなかったのが、よくよく目を凝らすと地形が多少は見えるかも?という程度の効果しかなかった。
この程度の効果でも、部屋の中とか街の中の道を歩いている時は心眼と合わせればそれなりに動けるようになるんだけどねぇ。夜空を飛ぶのにはほぼ役立たずだな。
「やっぱダメか。
一番近い方の船へまず行くから、方向を教えてくれ」
清早に頼む。
氷の模型で一応船の場所は確認したが、これだけ暗いんじゃあ薄ぼんやりと見える地形をもとに方向を割り出して飛ぶよりは、右か左かとかを清早に指示して貰って動く方が楽だ。
『ほいほ~い!
まずはもう少し左だね~』
清早が教えてくれたので、さっさと空滑機を動かしながら多少左の方へ方向を修正する。
『もう少し右~』
『ちょっと下向きになってるよ?』
『あ、近づいてきたから速度を落としたら?』
清早の指示に従って飛んでいたら、どうやら比較的直ぐに最初の船の傍に近づいてきたらしい。
清早の言葉に心眼を凝らしたら、人間が固まって乗っているらしき塊が近づいてきているのが視えた。停泊灯はない。
別の船にぶつかられる可能性がほぼないような場所に停泊していると思っているのか、それとも東大陸だと海賊に襲われる危険性の方が他の船に衝突される可能性よりも高いのか。
まあ、俺にとっては灯りがない方が俺の接近がばれにくくなるからありがたいけどね。
速度を落とし、船の後ろにそっと空滑機をつけて空中に停止させる。
ここら辺に船名が書いてあることが多いんだけどな。
見張り役らしき人間が甲板の真ん中に居るが、どうやらうたた寝しているようなので、そっと出力を抑えた光を出して船の側面を確認する。
『ヴァルパック号』
おっしゃ!
やっと運が向いてきたかな?
いやまあ、別に俺個人は運が悪かったって訳じゃあないから、フェンダイ達の運が向いてきたというべきかもだが。
「このまま船を俺たちの屋敷船の後ろに来るぐらいの位置まで、引っ張ってくれる?
船に戻ってひとまず寝るから、夜明けちょっと前ぐらいに辿り着く感じで頼む」
清早にお願いする。
『了解~』
何もしなくてもこの位置だったら明日には船が港に辿り着いただろうぐらいな距離だから、清早が頑張れば俺が夕食を食べ終わる前ぐらいに船を港まで引っ張ってこれると思うが、落ち着いて眠っておきたいからね。
明日の朝で良いとアレクが言っていたのだ。
さて。
帰ったら夕食だ!
夕方にちょっと軽食を食べて調査に出たから、腹が減ってきた。
目覚めたら目的地って見張り役の船員もびっくりするでしょうねぇ