125 星暦552年 赤の月 5日 下準備
とりあえず、新しく術回路を作るにしても、まず今まで造られたものを参考にすべしということで、俺とアレクは魔術院に行って今まで登録された発熱と熱吸収の術回路を全部書き写してくることになった。
その間にシャルロは膨張率が高くかつ何度も膨張・収縮しても痛まない素材の開発にとりかかる。
新しい素材っていうのはある意味行き当たりばったりに色んな素材を造って試していく閃きの世界だから、直観の男シャルロが一番向いているんだよね。
常識にとらわれない思いつきだったらこいつに勝る人間はそうそういない。
ま、何も良いのが出てこなかったら適当に膨張率が高い亜鉛を使ってもいいんだし。
◆◆◆
「これだけあるとはね・・・」
術回路の特許は50年間有効だ。
一応50年あれば本人が老人になるまでの生活費になるだろうという考えらしい。
だから古い術回路だったら既に特許は切れているんだよね。
考えてみたら、この間の乾燥機にまだ特許が生きている術回路を使ったのは失敗だったなぁ。
今回は良いのが開発出来なかったら特許切れの術回路を使おう。新しい物の方が威力が高いことが多いんだけど、昔の出力が小さな術回路でもそれこそ薄く小さいのを幾つか連結すればそれなりのパワーがあるし。
「毎回新しい商品を開発するたびにここで現存の術回路を全て書き写すとなったら、これらを工房で整理しておくために専用の本棚を買った方がいいかもしれないな」
アレクが提案してきた。
「確かにね。そういう資料整理の為に秘書も一人欲しいところだね。毎日は来なくていいから、何日かに一度来るだけで奇麗に整頓出来ると思うんだけど」
アレクが小さく顔をしかめた。
「確かに秘書は欲しいところだが、機密保持のことを考えるとそこら辺の農家の主婦を臨時で雇う訳にいかないからな。それなりに高くつくかも知れんぞ」
う。
「とりあえずは、俺たちで整頓しようか」
書類の量が多くなる頃にはそう言う信頼できる秘書の給料が苦も無く払えるぐらいに儲かっているはずだし。
しっかし。
紙だってタダではない。
膨大な数の術回路を紙に書き写して持って帰るのもそれなりにコストがかかるなぁ。
願わくはあまり無駄が無いと良いんだけど。
『発熱』の術回路という要件で寄り分けた特許だけでも学生時代の大きな鞄一つが一杯になった。
あまり使いものにならないような物も多いんだろうなぁ・・・。
◆◆◆
どか。
「とりあえず、一つ一つ試作品を作って術回路の効果を実際に見ないことには参考にも出来ない。まずは、発熱の術回路を片っぱしから造っていこう」
書き写してきた大量の術回路の用紙を作業台の上に置き、アレクを振りかえる。
「分かった。そちらの机に出来あがった術回路をその特許画面の書類の上に置いていき、後で全部が終わってから比較評価しよう」
考えてみたら、全部作り終わった時点でシャルロが何か有望な膨張・収縮素材を見つけていたらそれを使って発熱具合を確認するのもいいかも。
どちらにせよ。
先は長い・・・。
後でお茶にしてパディン夫人のケーキでも食べよっと。
ついでに夫人に『人前でリビングに置いておいても恥ずかしくない湯沸かし器』ってどんなものが考えられるか聞いてみればリサーチと言うことになるし。
寒くなりましたね。
うっかり風邪をひきそう・・・。




