1248 星暦558年 黄の月 25日 頼まれごと(11)
港町といったら大抵は入ってきた船の船員から金を巻き上げる娼館や酒場があって情報源として一番に行くもんだが、疫病が流行っているという話になっているせいか、娼館は閉まっていたし酒場も夕食だけ食べに来てそそくさと帰る男が数人いる程度だった。
「どうなるんすかねぇ、この騒動~?」
誰か夕食を食べに来た人間が会話でもしないかと裏に隠れて耳を澄ませていたら、数少ない客が出て行った後に給仕…‥と言うか料理を出したり皿を引き上げたりを手伝う事で賄い飯を貰っているらしき近所のガキっぽい少年がぐで~とカウンターに寄りかかりながら料理人のおっさんに声を掛けた。
「いつまでも街の外の人間を薬漬けにして眠らせておくわけにもいかないし、そろそろあのバカ娘の父親が帰って来て何とかするだろ」
おっさんが溜息を吐きながら言った。
おいおい。
船長とか魔術師とかも、全員薬漬けにして眠らせているのか??
船長はまだしも、魔術師だったら起こして食事を摂らせる際に何とかしそうなもんだが。
それとも余程強い薬でも使っているのか?
船の連中はちょっと眠くて大人しくなる程度の弱い睡眠薬程度な感じだったが。
「大体、婿に押しかけてきたゲルダルトの旦那をうっかり死なせちまったからって、港に入った船を全部足止めする必要なんてあったんっすかね?」
少年が尋ねる。
「まあ、ゲルダルトは単なる暴力をふるうのが好きな暴れ者だったが、あいつの父親のギルバースは『国を作ろう』とか言って周囲の街を勢力下に抑えて込むのを狙っている野心家だからな。
下手に弱みを見せたら危険だし、ちゃんとあいつらと対応できる人間が帰ってくる前に話が伝わったら……噂に聞くキルナ村みたいにこの町の人間が責任を問われて全員虐殺されるか奴隷として売り払われかねないというのはあり得なくはないと皆も思ったから、協力したんだ」
おっさんが溜息を吐きながら応じる。
ふうん?
街の代表っぽい地位にあると思われる人間の娘?に無理やり近郊の野心的な街のトップが息子?を婿として押し込んできたのかな?
そんでもって結婚したかする前か知らんが、喧嘩をしてうっかりその男を死なせてしまってその娘と町の住民がパニックに陥ったと。
別にこんな小さな港町と周囲の街との勢力争いなんて興味は無いし、誰が上かなんて知りもしないんだろうから、少なくともアファル王国の船は補給だけして素通りさせてくれれば良かったのに。
もしかしたらその野心家のいる町?の船も入港していたのかな?
とは言え、情報の拡散を止めるために入港していた船の人間をみんな実質薬漬けにするなんて、随分と無茶だな。
しかも問題を解決(?)出来るかもしれない人間が船で帰ってくるまで船を全部足止めって乱暴すぎるぞ。だったらせめて疫病の旗でも出しておけばまだ怪しまれないだろうに。
……下手をしたら、その帰ってくるのを待っている船が俺たちの屋敷船とぶつかったりしないか??
まあ、物理的に衝突する前に清早なり蒼流なりが止めるだろうけど、何かそっちでも揉めないと良いんだが。
街の人間も、その野心家らしいギルバースとかが下手をしたら小さい港町程度だったら住民を虐殺するとか、息子の死に関わったっていちゃもんつけて奴隷商人に売り飛ばすぐらいのことをしかねないと危機感を持っていたから協力しているようだが、そんな悪評がある人間が複数の都市をまとめて建国なんぞ出来るのかね?
税金を徴収する権利を認めさせるには、それなりに信頼関係も必要だろうに。
う~ん。
マジでそのギルバースとやらがそこまで危険な人間なのかね?
村を一つ虐殺するとか、奴隷として売り払うとかって、山賊ならまだしも国を作りたいっていう方向の野心家がやる行為としては無駄な気がする。
国っていうのは国民が力な筈。人口が多すぎて邪魔っていうならまだしも、荒野が多い東大陸では奴隷を買ってきて開拓作業をさせるというのならまだしも、村を潰すというのは建国に適さない行動だ。
まあ、噂っていうのは色々と突拍子もない方向に展開するし、怖がらせるのは他の街を配下に入れるための交渉で役に立つかもしれないから、話だけ流して噂を利用している可能性もあるが。
変に巻き込まれても面倒だし、さっさとガヴァール号の士官と魔術師だけ解放して、連れ出しちゃだめかなぁ……。
東大陸は大きな港町が交易で儲ける都市国家的な感じです。
内陸の方には国的な存在がある地域もありますが。