1247 星暦558年 黄の月 25日 頼まれごと(10)
ベルグと話し合った後に他の部屋にも行って、食堂から取ってきた樽に水を満杯に入れて渡しておいた。食料と水を持って来る港側の人間に樽一杯の新鮮な水の出現がバレない様にしっかり隠せと念を押したが、大丈夫だろうか?
まあ、押し込められた初日はまだしも、その後は薬の効果もあってか大人しくなっていたらしいから大した観察力もない下っ端が来ると期待しておこう。ついでに何か他にも追加情報がないのを聞いて回ったが特になし。と言うか、ベルグよりも更に情報を持っていなかった。
その後は再度否視の術を掛けるのが面倒だったので、海にぽちゃんと沈んで海面下を進んで俺たちの屋敷船へ戻った。
「どうだった?」
甲板に上がってきた俺にシャルロが尋ねる。
「ガヴァール号の船員の殆どは甲板下に閉じ込められているみたいだな。ちょっと睡眠薬入りの水っぽいのと飢餓一歩手前な粗食で無気力になっているようだったが、病気っていう訳じゃあないらしい。
船長たち士官と魔術師は岸に上がったら疫病に掛かっていると言われて拘束されて戻ってきていないらしい」
ベルクに聞いたことを伝える。
「転移門は奪われたのか?」
アレクが尋ねる。
「いや、そのまま船に残っていた。
ちなみに港に停泊している他の交易船っぽい船にも船内に寝転がっているだけの人間がそこそこ居るみたいだから、同じ状況な可能性は高そうだ。閉じ込められてからの日数が長いのか、心眼で確認したところ更にもっと無気力な感じだったが」
小さな港町なのでガヴァール号を合わせて4隻しか外海船は停泊していないが、それでもちょっと通常よりは多いと言っていいだろう。
現時点で俺達の屋敷船が入港する場所はない。
何らかの理由で港を隔離して船を出させないようにしているなら、その主導者がそのうちこの船にも気付いて人を遣ってきそうなもんだな。
まあ、帆もないちょっと不思議な形の船なんで警戒して近づかないかも知れないが。
「あの程度の港町で、そこまでして人を逃がさないようにしなきゃいけないような秘密なんてあるのか?
てっきり疫病が広まったのを隠すために足掻いているのかと思ったんだが」
アレクが首を傾げる。
「なんかこう、人が息をひそめて家の中に居る感じだけど、普段よりも病人が多い訳でもないって風の精霊は言っているみたいだよ?」
シャルロが首を傾げながら応じる。
人間の様相を精霊が必ずしも正確に把握できるかは微妙なところだが、発熱しているとか、下痢をしているとか、咳をしているという症状があれば分かるし、死人が多く出て死骸が打ち捨てられていればそれも感じ取れる。
つまり、そういう状況ではないのだとしたら……一体何をどう言う理由でやっているんだろうな??
「まあ、もう少しして日が落ちたら確認しに行くが……ここら辺って都市国家ばかりだからどこかの家が下剋上したりしても、その情報をここまで強引に隠さなきゃいけないなんてことは無いよな?」
これがアファル王国内で、どこぞの貴族の管理する街が海賊なり山賊なり、場合によっては代官にでも乗っ取られた場合、その情報が王都や寄り親の高位貴族に流れたら騎士や兵が町の奪回のために派遣される。
なのでそのような情報は権力層への根回しが終わるまでは流れては困るので、街の封鎖をする可能性もある。だがここら辺は統一的な国家ではないから、隣の町がどうなろうと関与する様な関係性では無いと思っていたが。
「まあ、流石にここまで小さな港町が都市国家と主張するのは無理があるから、近くにあるどこか大き目な都市の配下ではあると思うが……それで他国からの船まで長期的に拘束するかな?
買収できなそうな船長を暗殺するぐらいはやるかもだが」
アレクが首を傾げながらちょっと物騒なことを言った。
「うっかり下剋上でもしちゃった人がパニックしてどこかの船の足止めをしちゃって、引けなくなっちゃったんじゃない?
で、誰か頼りになる人が帰ってくるのを待っているか、根回しに出した人が成功したって知らせを持ってくるまで現状維持で入港した船を全部足止めしているとか」
シャルロがかなりダメダメな状況推理を提案してみた。
「このサイズの港町だったらそんなアホなことをする無能がうっかり下剋上に成功しちまう可能性もゼロではないかもだが……魔術師を3人も含めた船の士官とかまで全員足止め出来るか??
うっかり誰か殺しちまってマジで引くに引けなくなったなんてことになってないと良いんだが」
街の人間をうっかり殺しちまったならまだしも、アファル王国の人間を殺してないと期待しておくぞ。
何が起きているのか相変わらず不明……