1245 星暦558年 黄の月 25日 頼まれごと(8)
予約日を間違えてました、失礼。
最初に近づいた『プリティア号』の中にいる人影は特に話し合っている様子はなかった。
というか、動いてもいないし、体温が通常より高いようだから疫病で倒れた船員をそのままここに押し込んでいるだけという感じがする。
世話を見る人間が適時水を飲ませて、薄いお粥でも食べさせないとますます体力が下がって治る病気も治らないだろうに。
まあ、とは言っても世話をするために健康な人間が近づいてそいつにも病気がうつったら泥沼な感じに果てしなく疫病が広がる可能性もあるが。
こういう時に神官とか薬師が居ると病気のうつりにくい対処方法とかを教えて最低限の介護をなんとかできることが多いんだけどね。
外から来た船乗りの介護なんぞ、後回しなんだろうなぁ。
助けてやりたいとは思うが、俺とシャルロだけで港中の船乗りの介護をやるのは無理だ。せめてガヴァール号の船員だけでも助けられると良いんだが。
疫病なんて想定していなかったし、俺たちは健康だから薬なんて持ってきていない。お粥の材料になるような食材が多めにないか、後でパディン夫人に確認して準備しておいて貰おう。
と言うか、病人食の素材の確認ぐらいは疫病疑惑が出てきた段階でアレクがパディン夫人に頼んでいそうだな。
暫く耳を澄ませても特に情報が入ってくる様子がなかったので隣の船の方へ進む。
一応沖の屋敷船から見えていたんだから、ここら辺に停泊している可能性が高いんだが。
「否視」
自分を見難い様に術を掛けて静かにそっと浮かび上がり、周囲の船の名前を確認する。
3隻目の船がガヴァール号だった。
そちらに近づき、心眼で中を確認する。
3部屋に分かれて人が閉じ込められているようだ。
特に話をしている様子はないが、最初のプリティア号にいた人間よりはもう少し元気そうかな?
あっちのは今にも命の炎が消えそうな感じだったからな。
死体が混ざっていなかったから最低限の面倒は見ているのか、死体は随時処分捨ているのかなんだろうと思うが。
音を立てずに甲板に浮かび上がり、甲板下へ向かう扉を静かに持ち上げて中に滑り込む。
甲板上の士官や船長が使う部屋には誰もいなかったが、全員下に押し込まれているのか、士官は岸側にとらえられているのか。
誰か指揮を執る人間がこっちにもいてくれると良いんだが。準備が出来る前に皆に騒がれたら救出できるもんも無理になりかねない。
「……誰だ?」
一番人数が少なかった部屋の扉を音を立てずに開いたら、こちらを向いて壁際に座り込んでいた男が怪訝そうに聞いてきた。あまりしゃべっていないのか、声が掠れている。
「アファル王国の商業ギルドと魔術院から依頼を受けて、連絡がつかなくなったガヴァール号を探しに来た者だ。
何が起きているのか、教えてくれるか?」
否視の術を解き、床に置いてあった空の水差しに清早に頼んで水を入れてもらいながら尋ねる。
「ちょっと待ってくれ」
俺に声を掛けてきた男が、水差しを手に取って床に寝ている小柄な男の方へ行って水を飲ませ始めた。
残りの船員たちにも出した方がいいだろうが、水差しが一つしかないんだよなぁ。
スープ皿っぽい深皿でもいいか。
床に置いてあったスープ皿に水を入れて、残りの2人にも差し出す。
「ほら、良かったら飲め」
一人は頭を起こす体力もないのかそのまま体を横に向け、犬の様に皿から水を舐め始めたが、もう一人はちゃんと体を起こして皿を手に取って飲み始めた。
最初の男の分もと思い、もう一つのスープ皿にも水を入れておく。
「ありがとう、助かった。
あいつら、俺たちが暴れないように最低限の水と食料しか寄越さねえんだ」
小柄な男(というか少年だな、こりゃ)に水を飲ませ終わった男が俺の渡したスープ皿を受け取って勢いよくそれを飲み干した。
絶食した後って食事は一気に食べない方が良いっていうが、水が足りなかった後ってがぶ飲みしてもいいのかな?
まあ、取り敢えずまずは話を聞かせてもらおう。
水を飲ませている間に街の人間が現れたりしたら、困る。
「疫病なのか?
あと、船長や魔術師はどうなった?」
特に誰も熱があるとか咳をしているとか下痢で排泄物をたれ流しているという様子はないが。
「それがイマイチよく分からないんだ」
顔をしかめながら男が答えた。
良く分からんって。
それじゃ困るんだが。
考えてみたら、船の中で部屋に閉じ込められていたら、トイレは壺?!