1243 星暦558年 黄の月 25日 頼まれごと(6)
『あの船は魔術師乗ってないね~』
空滑機で海の上を飛んで行き、今日の昼食までに俺の担当することになった区域にいる最後の船が視界に入ってきたら清早が教えてくれた。
「ふうん?
じゃあ、魔術師を殺して船の名前を書き替えたっていんじゃない、限り関係ない船だな」
双眼鏡を取り出し、船名のところに焦点を合わせる。
ガキの頃は知り合いが死体になって道端に転がっているのが見つかったという話を聞くとか、姿を見なくなったが死んだんだろうな~と噂になるというような事件は特に珍しくはなかったが、魔術学院に入ってからは平和な日々が続いていた。
今になって知り合いが殺されているなんて状況に行きあたらないことを期待したい。
そう思いつつ船名を見たところ、かなり日に褪せて読みにくくなっているが、見えている文字が『ガヴァール号』とは違うから関係なさそうだ。
「これも違いそうだな。
よし、船に帰って飯だ!」
昨日はケッパッサの近くまで辿り着いてから暗くなるまで南下しながら順番に飛んで回って探したが、ゼリッタまでの距離の四分の一ぐらいしか見て回れなかった。
意外と探しながら動くのって時間が掛るんだよなぁ。
でもまあ、今日で昨日の倍近く調べられれば、明日にはほぼ終わる……筈?
これで見つからなかったらどうするか、中々悩ましいところだが。
『急ぐんだったら、それこそ海に出ている近海の船を全部引き寄せて確認してみる?
こっちから飛んで確認しに行くより早く済むよ?』
清早が中々凄いことを提案してきた。
海に出ているここら辺の船を全部呼び寄せるねぇ。
めっちゃ力技とは言え、距離が比較的短いし、ある意味アリかもだが……流石にそれをやったら強い精霊の脅威がちょっと露骨になりすぎて後々問題が出そうだよなぁ。
「いや、どうせ明日の終わりぐらいに確認する範囲を見終われると思うから、取り敢えずは良いよ。
力技は調べられる範囲を調べて見つからなかった場合に考えよう」
海上にいる船じゃなくて、ここら辺の沈没船を全部集めてもらうっていうのはありかもだし。
中身がこぼれないように気を付けて運んで貰ったら、興味深い積み荷が載っていた沈没船とかも入手できるかも?
普段だったらそれをやっちゃったらあまりにも容易過ぎて人生の楽しみが減るってことでやらないが、フェンダイが死んだかどうかを確定させるためにやる行為のオマケだと思えばありかもだよな。
明日の終わりになっても何も見つからなかったら、提案してみよう。
そう思いつつ船に戻ったところ、俺たちの屋敷船がちょっと海岸に近いところで停泊していた。
「どうしたんだ?」
空滑機から降りて双眼鏡で岸の方を見ている二人に尋ねる。
小さな港が見えている。船も何隻か停泊しているから、それらの船名を確認しているのかな?
「疫病を知らせる旗はないんだが、人の動きが不自然に少ない。
あと、ガヴァール号が見つかった」
アレクが難しい顔をしながら言った。
うん?
ガヴァール号が見つかったのは良いが、怪しいってことか?
ヤバい疫病が広まった場合はそれが他の地域に広まらないよう、街門や港に疫病を知らせて入るなと警告する旗を上げるのはどの地域でも常識的な慣習だ。
単なる風邪が流行った程度ではそういうことはしないが、既存の薬や神官で対処できない病気が住民の多数に広まった場合に行う事で、周辺地域への疫病の広がりを防ぎ被害を軽減させるための知恵だ。
それを見たら近郊から食料などを運び込む商人などは街に入らず、門の外に食料を置いて離れ、それを引き取った門番の人間がどれだけの食料を受け取ったかを書いた受け取り用紙を外に残すことで後で清算する仕組みになっている。
こうすることで街に入った人間まで罹患して追加の食料を運び込む人間が居なくなることを防ぐはずなのだが……疫病の旗が上がっていないのに人が出歩いていないというのは、怪しい。
「領主なり町長なりが疫病じゃないってゴネている間に街の上層部の人間が軒並み罹患して意思決定できるのが居なくなったか、どこかの海賊か山賊にでも街を乗っ取られて反抗しそうな成人男性が全員閉じ込められているかってとこか?」
小さな港町だから、大規模な暴力集団だったら乗っ取れるかも?
海賊だとしたらそれらしい船が見当たらないのが不思議だが。
と言うか、小さな港町なんぞ略奪する為に襲うならまだしも、力付くで乗っ取る意味なんぞあるんかね?
蒼流の地形模型に近付き、近くの目立たない場所に船が隠されているか確認したが、街を乗っ取れる数の船は入港する船から見えない位置に停泊している様子もない。
となると、山賊か疫病だなぁ。
まるでゴーストタウン?!