1241 星暦558年 黄の月 22日 頼まれごと(4)
「だ~~!!!
やっぱ上限ギリギリ~!
なんで経理部の奴らは分かるんだ?!」
パディン夫人がちょっと旦那の世話を娘夫婦に頼めるか確認しに行き、ついでに10日分ほどの食料の買い出しもしておいてくれる事になったので工房に戻ってきたら、アンディがソファの上にのたうち回っていた。
「なんだ、上手いこと交渉出来たら差額の一部がボーナスにしていいとでも言われていたのか?」
普段よりも熱意が籠っているようだったので冗談半分に聞いてみる。
「え?!
なんで分かった?!?!」
アンディががばっと起き上がって俺の方を見た。
「いや、単なる冗談半分なひっかけ質問だったんだが……もしかして、経理部がアレクの満足する金額を分かっているっていうよりも、アンディが予算ギリギリになってくると顔色が悪くなるからそれでばれてんじゃね?」
まあ、アレクが問題外だと言わない程度の価格設定にはしているんだろうけど。
「……そうなのか?」
アンディが恐る恐るアレクを見る。
「まあ、今回は元々経理部の方で商業ギルドや王宮とも話し合って値段が決まっていたんだろう。
もしもアンディが友情に訴えて値段交渉に成功したらめっけもんってことであちらもお茶目でボーナスを出すと言っただけなんじゃないか?」
アレクがあっさり返す。
アレクが認める価格設定が大体わかっていて、しかも値切り交渉に対して期待していないのだったら、価格交渉なんてさせずに普通に最初からスパッと最終価格を言えばいいのに。
そういう点、経理部は魔術院の中でも数字の取り扱いが好きな部署だよなぁ。
魔術師って報酬の交渉とかにあまり興味がない(もしくは下手な)人間が多いから、そういう数字に強いタイプを経理部に入れておくと魔術院の費用削減に役に立つのかね?
ちょっと迷惑っちゃあ迷惑な気がするが、それで俺たちの年会費が多少でも下がるなら文句を言うべきではないか。
「そういえばさ、海賊とか、どこか他の国の商船とか私掠船とかに襲われたら沈めちゃえばいいの? それともアレグ島の軍港あたりにでも送り届けて欲しい?」
シャルロが尋ねる。
あれ?
考えてみたら、アレグ島に軍港があるんだから、あそこにしっかりとした転移箱なり通信機の拠点っぽいのを設置してないんかね?
本国に連絡するよりもずっと楽で、東大陸に近いのに。
それとも、もしもの時に敵対的勢力に占領される可能性があるってことで、船はまだしも島の上の施設には機密性の高いものは設置していないとか?
……変に聞いて更に巻き込まれたら面倒だから、そこら辺は考えないでおこう。
「あ~。
襲い掛かってくる連中は全部海賊だと思って沈めて良いってさ。
下手に生け捕りして外交的な話になると面倒だから、普通の海賊扱いの方が都合が良いらしい」
アンディがしょっぱい顔をしながら応じる。
「え、つまり海賊じゃない勢力に邪魔される可能性があるのか??」
戦時中じゃないのに。
とは言え、ザルガ共和国の経済的利権を侵害しようとしているに等しいんだから、邪魔が入るのは想定するべきなのかな?
商用ギルドも無理に儲けようとなんてしなきゃいいのに。
まあ、ザルガ共和国もむしり取れるところはむしり取る奴らだからなぁ。
それがむかつくから頑張っちゃう商家も多いのかも。
「単なる嵐にぶち当たった不幸な事故とか、知らぬ土地に行って変な疫病で動けなくなったとか、普通の海賊に襲われたっていう可能性の方が高いとは思われているらしいが、情報が洩れて妨害の為にザルガ共和国の商家が海賊を唆した可能性はあるかも程度な感じらしい?」
アンディがちょっと首を傾げながら言った。
なるほど。
直接ザルガ共和国の軍艦が海賊のふりをするのではなく、資金や換金性の高い資材を沢山持った船がケッパッサから南に向かっているらしいって噂話を海賊が居そうな港町の酒場で流した可能性があるかもって感じなのかな?
それに踊らされてシャルロに襲い掛かることになる海賊が可哀そうな気もするが、まあ海賊なんぞやるのが悪いのだ。
怪しい噂なんぞに踊らされた自分のうっかりさを恨むんだな。
実際に襲われるとは限らないし。
真実は闇の中……